2009年9月27日日曜日

「大航海時代Online」の教育利用とは何だったのか (続)

今回参加した学会

シリアスゲームジャパンの藤本徹氏による「大航海時代Online」の実験授業についての学会発表が告知されていたので,日本教育工学会の全国大会に行ってきました.余段余談ですが,日本教育工学会の大会は研究発表だけでなく学校の先生による実践報告も多く,想像したよりも大規模でした.そのため東大で開催するには会場(空き教室)が足りず,一般発表の部では発表が10分で質疑応答が4分という過密スケジュールでした.
以下,研究の背景を交えて感想を書きます.


研究プロジェクトの背景

「大航海時代Online」を学校教育に用いる実験は,CRESTの馬場グループとPenn Stateの藤本とによって別々に進められてきた.
藤本による実験は民間財団からの助成をうけて実施される個人ベースの研究だが,それに対して馬場グループで進められているのはより大きな研究プロジェクトの一部である.
ウェブサイトの情報を簡単にまとめれば,CRESTは国家戦略にもとづいて特定の研究テーマのもとに募集と審査が行われるナショナルプロジェクトであり,その一つとして採択された「オンラインゲームの制作支援と評価(松原仁チーム)」のそのまたサブテーマとして進められているのが「オンラインゲームの教育目的利用のための研究」である.(テーマの全体像を見るには,2ページの中間評価の概要がてっとりばやい.)

馬場グループの主な足跡:
それ以前の時代から,MUDでの協調学習の研究はなされてきたしパッケージゲームの教育利用も行われていたが,2005年の段階で商用MMORPGを学校教育に使おうという研究グループは数少なかった。

現状

5年のプロジェクトも終盤に入り,だいたいの着地点も見えてきた.馬場グループの実験授業の報告はシリアスゲームの現状調査報告書の3.2.1節および日本デジタルゲーム学会誌 Vol.3 に報告されている.ざっと見たところ,高専の歴史の授業中に「大航海時代Online」のチームプレイを組み込む実験授業を実施しているが,教育上有効であると言いきれるほど強い結果は出ていない(大学院生が何人か授業のアシスタントにつけば大抵の授業では学習効果が上がるだろう).
他方,日本工学会での藤本による報告は,小中学生向けの塾の課外ワークショップと女子中高の「情報」の授業において「大航海時代Online」を使ったものである.今回の発表(「日本教育工学会第25回全国大会講演論文集」pp. 869-870, 87-90)では,生徒の関心は上がったものの期待された学習効果を上げることは難しいという評価が報告された.
両方の発表を見た印象では,本格的な論文として発表するにはまだ時間が必要だという印象を受けた.大人数が同時にログインするオンラインゲームにはこれまでのゲームとは異なるゲームプレイの可能性があるが,それを取り出すのはなかなか難しそうだ.

今後の教育利用の方向性

二つの研究グループの報告により,「大航海時代Online」を複数の科目で教育に取り入れる際のノウハウや教訓が示された.それらを見ると,今後の実験報告で要求されるのは有効性よりも有用性ではないかという印象を持った.たとえば教育効果を実証したとしても,そのために大学院生のアシスタントが数人必要だとすれば,学校教育の方法としては非現実的である.こうした有用性の軽重をもっと知りたい.
この有用性の観点から今後の商用オンラインゲームの教育利用を考えた場合,大きく二つの方向性が考えられる.ひとつは教育利用にかけるコストを低くする研究と,もう一つは教育利用にかかるコストを上回るようなメリットを開発する研究である.
前者の例は,ゲームそのもののプレイではなく世界観やコンテンツを切り取って使う教育利用であり,これは藤本氏が一部着手している.ゲームの世界観に基づいた長編マンガや4コママンガ,ファッションは大きなジャンルを形成しているが,これは教育にも転用可能だろう.海外では過去にEAが教育用フリーソフトウェアAliceにSimsのキャラクターを提供した事例もある.
後者の例としては,(オンライン)ゲームならではの体験を取り出して新たな教育法を開発すること.たとえばSecondLifeの仮想世界内で歴史的建造物を共同で建てて住むといった方法がこれに相当するだろう.これは教育の専門スキルだけでなくゲームデザインについての知識も必要であり,もっとも挑戦的な領域だと言える.
どちらの場合にしても,どれくらいのコストで実現できるのかが分からなければ教育や研修の現場で顧みられることはないだろう.今後の研究報告に触れる時は,ボランティアやアルバイトも含めてどれだけの時間や手間がかかったのか,それをどれだけ省コスト化できるのかにも注目してみたい.

おわりに

「大航海時代Online」は日本のオンラインゲーム研究において象徴的な意味を持っている.CRESTの場合で言えば,5ヶ年計画という戦略的な視点から商用ゲームの研究に国費を投じられたことは前例がなく,(成果のいかんに関わらず)この事業の社会的なインパクトは大きい.またテーマ全体を眺めた場合,個別のテーマを追っていた全国各地の研究者が「オンラインゲーム」というテーマで結集したのも意義深い.5年目の最終報告に期待したい.
また藤本氏の学会報告からは,実験報告の先の実践をどうするかという問題意識を強く感じた.「大航海時代Online」の実験授業を振り返ることで,シリアスゲームの事例を紹介する,あるいはゲームの効用を実証するといった段階から,次のより実践的な段階に進むべき時期が来ていると感じさせられる学会参加だった.

3 件のコメント:

  1. 藤本氏ご自身のブログでも当日の様子が公開されました。
    http://www.anotherway.jp/archives/001249.html
    参考文献つき。

    この領域は「議論が錯綜している」と指摘されていますが、たしかにオンラインゲーム以前から、ゲームを使うことでどういう知見を得たのかよくわからない実験報告は多いですね。
    そんな中、研究シーンの見通しをよくしたいという意欲には共感します。それには厳しい評価も必要ですが、自身に対しても率直に評価されているのはすごい。

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  2. 今年のCREST発表会があったようです。
    http://chi.iii.u-tokyo.ac.jp/?p=1325
     中間評価と読み比べると驚く人もいるかもしれませんが、Nexonの「テイルズウィーバー」でモラル教育という予想外の新境地にリブートしたようです。ナショナルプロジェクトとはいえ、論文が書けるかどうか先が見えてきた大航海時代onlineを見切って他に注力する判断を下したのはすごい。長い航海が終わった...。
     もう一つの漢字学習の方は、すでに実践的な教材が先行していますね。
    ETC-CMUの漢字学習戦略RPG「Taomasters」とか、
    http://rosslin.org/?p=709
    http://www.taomasters.com/
    韓国の漢字学習MMORPG「Hanjamaru」とか。
    http://blog.eduflo.com/search/label/educational effectiveness
    http://minchul.goga.co.jp/article/110892662.html
    http://www.watercoolergames.org/archives/001009.shtml
    ナショナルプロジェクトとしては先行タイトルに対するストロングポイントを明確にする必要があるでしょう。

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  3. 新世代の登場:
    前任チームのページ(http://www.crestonlinegame.jp/)が残っていたので気がつくのが遅れましたが、研究テーマを引き継いで進める後進世代の学生による研究発表がありました。
    CEDEC2010の公募ポスターセッションにて、公立はこだて未来大学のチームがコーエーの協力のもと「オンラインゲームのログ解析の試み」を発表しています。
    http://cedec.cesa.or.jp/2010/program/poster/C10_P0140.html
    新たなメンバーによる新たな視点での研究に期待したいと思います。

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