2012年4月9日月曜日

GGJ12 アカデミックレビュー (後編) : 基調講演から考える

まだ基調講演の解説が終わっていないのにGlobal Game Jam 2012から2ヶ月が過ぎてしまった.基調講演の意義がさっぱりわからなかった人のための解説シリーズ,今回でようやく完結です.

基調講演その4: Will Wright

さて,前々回そして前回と続けて眺めてきたGGJ12の基調講演だが,18:20からはいよいよ最後の講演者,ウィル・ライトが登場する.


ゲームの世界で彼の仕事は昔から注目されてきた.(日本でもすでに20年前に『ウィル・ライトが明かすシムシティーのすべて』という本が出版されている.) そしてやはり,他の講演者と同様に「かつてヒット作を出した有名人」だから基調講演に呼ばれたのではない.常に新しいことに挑戦し,その結果としてGGJの取り組みをいちはやく実践してきた第一人者として招かれていることを以下で詳しく述べてみたい.
この発表の中で,彼は「私が普段使っている方法」(19:02)について話し,Global Game Jamはそれを「日単位や週単位ではなく,分単位や時間単位で」やるのだ,とも述べている(20:49).つまり彼はゲームジャムという言葉ができる以前から,基本的にGlobal Game Jamと同じやりかたでゲーム開発を行なってきたのだ.現時点でのウィル・ライトの最新作,Sporeにはウィル・ライトのゲーム開発スタイルがもっともはっきりした形であらわれている
Spore
はGGJと同じラピッドプロトタイピングの手法で開発されている.つまりウィル・ライトはGGJで紹介されてきたラピッドプロトタイピングの開発スタイルをいちはやく自分のものにして大型タイトルを開発した新世代のゲームデザイナーとして基調講演に招かれたのだ.

Sporeの功績

2009年1月に開かれた第1回のGlobal Game Jam の基調講演(日本語字幕版)の中で,一瞬だけSpore開発者の一人が登場し(2分20秒あたり),「Spore小さなプロトタイプの連作として作りはじめました」と話している.つまりSporeは念入りに部品をつくって最後に組み合わせるのではなく,まずゲームの核心となる部分のプロトタイプを短期間で動かし,その評価を行いながら磨き上げていくという方法で開発されている.
ゲーム開発者やゲーム研究者の間では,すでにSporeの開発方法は,ゲームの発売前から知られていた.Sporeのプロトタイピングについて最初に発表があったのはGDC2006のことで,そして翌年には国際学会でも発表されていたからだ.その一部はすでに IGDA日本セミナーでも報告されており,またGDC2007〜GDC2008でのゲームAIの発表内容についてはIGDA日本SIG-AIの三宅さんがまとめている.どちらも専門分野に特化された紹介なので,本記事ではもう少し長い期間でSporeのアカデミックな発表を並べてみよう.
  1. Rapid prototyping: Visualizing new ideas. パネルディスカッション概要 (SIGGRAPH07)
  2. Creating spherical worlds / Player-driven procedural texturing / Fast object distribution/ Rigblocks: player-deformable objects. ビデオ4件 (SIGGRAPH07 sketches)
  3. The AI of Spore. (講演ブログ) (AIIDE08)
  4. Sporeプレイヤー研究. (ビデオペーパー) (CHI09 Extended Abstracts)
  5. EA関係者の開発インタビュー. (ビデオペーパー) (CHI09 Extended Abstracts)
  6. Spore API. ペーパー(SIGGRAPH09 Talks)
こうして並べて見ると,Sporeだけで論文何本分のアイデアが詰まっているのだろうかと気が遠くなってくる.特に,CHI09のプレイヤー研究は常識を塗り替えた.59人のゲーマーが1年間かけて,1人あたり393時間のプレー時間をつかって実験に参加している(a year, with 59 gamers playing 393 individual hours of the game).(秘密保持契約を結んだ)老若男女のユーザテストに1年間かけてゲームデザインを磨き上げていくという開発手法は,当時の大規模なゲーム開発ではまだ一般的ではなかった.)この開発プロセスを「日単位や週単位ではなく,分単位や時間単位」に圧縮するのがウィル・ライトの考えるGlobal Game Jamのアプローチだ.
ただしSporeの開発サイクルの革新性は(発売後に論文が出たために)これまであまり語られてこなかった.Sporeが画期的だったのは,ゲーム内コンテンツをプレイヤーに提供したことだというのが定説だろう.たとえば『ルールズ・オブ・プレイ』のケイティ・サレンは以下のように述べている
「Wrightは優秀なデモシーンデザイナーとしての腕を発揮しました。誰もが不可能だと思うことを実践して、既成概念を打ち破ったのです。つまり、あらかじめ作成されたコンテンツではなくプロシージャルプログラミングによってコンテンツを動的に生成するゲームを制作するだけでなく、そのコンテンツの所有権をプレーヤーに委ねるようなゲームをデザインしたのです.」「Wrightは、Spore開発において、大所帯のコンテンツ制作者チームでゲームを制作するという現在のパラダイムから逸脱し,ゲームを一から構築するシステムを選んだのです.」(引用に際して訳語を一部修正.)
しかし学会発表を見ていくと,Sporeは設計とユーザ評価とを同時にすすめたプロトタイピングによっても重要なタイトルだったと言える.

ゲームデザイナーとしての仕事

さらに基調講演ではSpore以前からのウィル・ライトの開発手法も紹介されている.たとえば「ゲームをデザインする初期段階で,私はそのゲームの仮のパッケージをつくります」(23:39)という発言は多くのゲーム開発者の印象に残ったようだ.じつは,これは1980年代から提案されてきた「ユーザ中心設計」の手法だ.
ユーザ中心設計やプロトタイピングなど多くのアイデアを広めたテリー・ウィノグラードのBringing Design to Software(1996)(この題名は「ソフトウェアにデザインを!」という意味だが,邦訳は『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ』という書名で出版されている)という教科書にも,ソフトウェア開発者が箱について考える話が出てくる.
「ソフトウェア・デザインの経験は,プログラムを走らせることによって始まったり終わったりするのではなく,もっと大きな箱や製品の名前,プロモーション,その他のものを含んでいる.ソフトウェアそのものと同じように,この広い世界が,効果的なデザインを実現するためのチャレンジなのである.」
ウィル・ライトはまさにこの宣言どおりのことをやっている.ゲームをデザインするときに箱や陳列についても考える.おそらくウィル・ライトが考えているのはさらにその先にある世界のデザインだろう.ビデオの最後で基調講演がSimAntのゲーム内世界であるかのような場面が出てくるが,おそらく彼は現実世界そのものを舞台にしてゲームをデザインする方向に向かっているのかもしれない.

基調講演から考える

ここまでGGJ12の基調講演について連続して説明を加えた.前々回に述べたように, この基調講演では,オールスターの講演者をそろえつつ,背景知識をしらなくても楽しめる構成になっている.しかし,これまでの長い記事で紹介したように,アカデミックなゲーム研究の視点からも非常に深い意味を持った構成になっている.ここまで述べてきたようなことは,専門学校や学部の教育では教えられない.しかし大学院でゲームを深く研究している学生諸君は,ゲーム研究とゲーム開発とが両輪になって進んでいること,そしてGlobal Game Jamの主催者がこうした高度なチャレンジを続ける先駆者を招待したことをぜひ下級生に伝えてほしい.

次回はGlobal Game Jam の新たな傾向や日本での課題についてまとめたい.

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