2010年4月21日水曜日

世界同時多発ゲーム開発: Global Game Jam 2010 を振り返る (中編)

前編(2010年4月8日)に続いて,Global Game Jam 2010の報告の続きをお送りする.GGJ2010で制作された数百点のゲームはクリエイティブ・コモンズのライセンスに従ってダウンロードし再配布することができる.その公式ウェブサイトでは開発者が登録したプロフィールを見たり採点やコメントを寄せることも可能で,そうした世界各地の人に評価してもらえることもGGJの魅力の一つである.
 どのようなゲーム教育拠点で作られた作品が高評価を得たのだろうか.GGJでは日本を含むアジアオセアニアから中近東,ヨーロッパそして南北アメリカ大陸の東から西へと,時差とともに次々に作品が公表された.Unity Web PlayerFlash Player最新版をインストールすればブラウザから実行できる手軽なゲームも多いので興味のある方はダウンロードしてもらいたい.
以下では個人的に印象に残った作品をチームについて紹介する.まずGGJ最大規模の勢力である北欧の拠点,Nordic Game Jamから.

Nodic Game Jamに見る産学官民の連携戦略

Global Game Jam の目指すもの」(2010年1月27日)で紹介したように,北欧のNodic Game JamはGlobal Game Jam の原型となったイベントで,その中心がデンマークのコペンハーゲンである.今年もNodic Game JamはGGJの拠点の中では最大規模のサイトとなった.
Nordic Game Jam 2010の主催者はコペンハーゲンのデンマークIT大学とIGDAデンマーク支部で,彼らの草の根のイベントに産官のイベントが追加されるというというプログラムになっている.たとえば48時間の開発イベントの前後に,同じ会場で「デンマークの文化大臣によるオープニングスピーチ」「ピーター・モリニューによる基調講演」「参加者の中からBest New Nordic Talentを選出(表彰式はNordic Game Conferenceの一環として行われる予定)」と開発者の卵が主役とは思えない大きなイベントが並んだ.
この背景として,北欧はもともとIT企業を軸とした産学連携が進んでおり,さらにデンマークIT大学には既存の学問領域とは独自したディシプリンを持ったゲーム研究機関が設立されていた.こうした蓄積を生かしてコペンハーゲンはゲーム研究シーンでも独自の存在感を放っている.(ちなみにスクウェア・エニックスの子会社のスタジオの一つがコペンハーゲンにある.)
Nodic Game Jamが他のGlobal Game Jamの拠点と異なるのは,こうした主催者やゲストの豪華さだけではない.Global Game Jamに独自の部門を追加して複数のトラックから構成されている大所帯のプログラムを組んでいる点でも開発イベントとしてのGGJをさらに発展させていると言える.追加された部門はMachnima(ゲームプレイ動画)部門とYoung Game Developers(ゲーム開発未経験者向けの教育コース)部門で,特にゲーム実況動画やMADを作れるユーザをゲーム産業・ゲーム文化に位置づけようとしている点で他に類を見ないプログラムとなっている.
もう一つ印象に残ったのは,デンマークの地元企業Unityである.Nordic Game Jam とGlobal Game Jamの両方で第1回のスポンサーだったUnityが今年は表に出てこないな...と思っていたら,Unityは後援企業として参加するのではなく,参加チームに開発スタッフを送り込んでいた.このUnityスタッフはIGF08(インディペンデント・ゲームズ・フェスティバル)学生部門の入選作の開発プログラマで,08年当時は大学院に在籍しながらUnityでプロシージャル機能の研究開発を進めていた.その産学連携の成果をGDC09で発表して注目されていたが,修士課程修了後はUnityに正式採用されたようだ.大学院時代の研究開発をさらに続けているようで,こうした地元出身の一流の先輩と並んで作業するのは現役学生にもよい刺激になっただろう.

Paris Game Jam

さらに西の会場へと目を向ける.パリの会場となったのはISART Digital(イサート デジタル).ここは日本の新潟コンピュータ専門学校と人材交流を行っている異色の人材育成機関で,独自のテイストを持った作品を出している.特にKawaii Maximum Overkill(カワイイ・マキシマム・オーバーキル)は名前からもわかるように日本のある種のゲームのテイストを研究した形跡がみられる.この開発チームにはゲームスタジオの創業メンバーやプロジェクトマネージャーも参加している.
IGDA日本でも昨年SIG-Indieが秋葉原ロケテゲームショウを開催したが,そこでは同人・インディーゲームに注目してもらうとともに,実際にプレイしてもらった反応を開発者に直接届けることができた.秋葉原のような拠点を持たない国でも,GGJに参加し採点やコメントをもらうことで,1)ゲームをプレイしてもらえる,2)プレイヤーの生の意見を得られるということが可能になったと言える.
ここにインディーゲーム企業がGGJに自腹でも参加する意義がある.GGJ公式サイトではゲームだけではなく開発者が自ら登録したプロフィールを見ることもできるので,無名のインディーゲーム開発者もGGJでゲーム開発公開に参加することで自らアピールすることができる.

アメリカ東海岸のクラスター

次はアメリカ東海岸のMIT(マサチューセッツ工科大学).ここはかつてSPACEWARが開発されたデジタルゲームの聖地の一つだが,Global Game Jam に参加したのはシンガポール政府がMIT出資して設立したゲーム教育機関Singapore-MIT GAMBIT Game Labである(昨年,月刊誌ブルータスのPS3特集で紹介されていたのでご存知の方も多いのでは).
今回のGGJ期間中,MIT会場は24時間体制ではなく9am-9pmの健全な体制で運営された.これは学生だけではなくボストン近郊のトップ人材が集まっているからだろう.いいかえれば,MITという単独の大学のイベントではなく,地元ボストンの専門学校やデベロッパーにまたがるゲーム産業の地域クラスターのイベントになっている.このために,GAMBITの作品はたとえ学生だけのチームであっても高度な専門家の連携によるものが目につく.
たとえばMITとバークリー音楽院という提携校の学生による混成チームの作品RunRunRunJumpHunt Alone(ヘッドホンとコントローラーをPCにつながないと楽しめない)は,コンセプト,レベルデザイン,サウンド,楽曲といった各要素のレベルが高く,学生が二日で作ったとは思えない完成度の高さである.(バークリー音楽院は世界的に有名な音楽大学だが,ゲーム音楽作曲のプログラムも開講しており,学生は複数のミドルウェアを使いこなせる.) RunRunRunJumpをプレイすると音楽が耳について離れず,英単語がだんだん漢字のような表意文字に見えてくる.

NYU Game centerでのチャレンジ

技術の高さよりも斬新なアイデアでインパクトを与えたのがニューヨーク大学ゲームセンターである.ここはニューヨーク大学(最近ではLady Gagaの母校として紹介されることが多い)がゲームの研究開発のために新設した独立部局で、ここのGGJ参加作品はニューヨークらしくジャンルも開発環境も雑多でしかも文化的なコードを使ったものが目についた。中でも文科系の最右翼と言えるのが客員教授に着任したJesper Juulである.大抵の大学では教員は裏方にまわってGGJの期間中は目立たないものだが,教授が自ら開発参加することでニューヨーク大学は(教員の手弁当ではなく)支援体制スタッフを備えていることを示している.
ちなみにJuulの論考の日本語訳としてはhally訳「ゲーム, プレイヤ, ワールド : ゲームたらしめるものの核心を探る」,また DiGRA2007Tokyo での発表「抽象化の水準」がある.こうした抽象的なゲームの理論家にふさわしく,Juulのゲーム「4分32秒」は技術的には半日でできそうな一発ネタだが,「これはゲームなのか?」」「ゲームとは何か?」というコンセプチュアルアートの領域まで踏み込んだ問題作である.

昨年のGGJ2009で開発公開されたゲームの一つに,ジョン・ケージの現代音楽「4分33秒」からインスパイアされた「4:33」というゲームがある(ちなみに開発者は2008年のIGF大賞を受賞した「Crayon Physics」開発者のPetri Purho).このインディーゲーム開発者の仕事をリスペクトしつつJuulがGGJ2010で開発したのが「4分32秒」で,ケージの「4分33秒」を別の解釈でゲーム化したものだ.その結果,高度な現代芸術パフォーマンスなのかジョークプログラムなのか判断できない,まったく楽しめない作品になっている.おそらくこれは人をからかっているのではなく「大企業ではできないようなチャレンジを大学やインディーズはやるべきだ」という確信犯的な行動だろう.ジョージア工科大学のIan BogostもAtari新作ゲームポエムを開発してIGF2010ファイナリストに残ったときはGDC参加者を困惑させたが、インディーゲームシーンにはこのように面白さではなく前衛芸術のようなものがしばしば登場する。
さらに驚いたことに,このJuulの作品はコンセプチュアルアートならぬコンセプチュアルゲーム作品として,また先行するゲームに対する批評としてのゲームとしてNYU会場でのイノベーション賞に選ばれた(と報告されていた).面白さのないゲームであっても新しいチャレンジを評価するニューヨーカーの懐の深さを感じさせられた.

海外拠点のまとめ

このように,海外の拠点では,研究機関と専門学校との連携あるいは大学と地元インディー企業との連携によって,組織の壁を越えたゲーム教育の地域クラスターを形成していることがわかる.それがMITとバークリー音楽院のような提携校による混成チームを可能にしており,また企業ではできないようなチャレンジをあえて学校がやるというという環境を醸成している.
そして,こうしたゲーム教育のクラスター化が進んでいない国でも,GGJの短期イベントを通じて,組織の壁を越えて学びあい,オンラインで相互に評価しあう体験を得ていた.

次回は最後のまとめとして,こうしたゲームのプロトタイプ開発をもとにした研究論文やゲームエンジンについてふりかえるとともに,IGF2010前後の動向について展望する予定である.

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