2009年10月29日木曜日

国家安全保障とオンラインゲーム研究

(以前別のところで書いたアメリカのゲーム研究予算の新動向に追記して投稿します.)
ゲーム研究の分野ではこれまで米政府機関の大型予算といえばシリアスゲーム(国防方面のシミュレーター)の開発がほとんどで,調査研究(開発を主目的としないプレイヤー研究とか)には長期予算は出ないという印象を持っていました。しかし、ゲーム開発ではなくゲームプレイの研究でも大型予算が出る動きがあります.

情報戦のための研究投資


アメリカの基礎研究分野においてDARPAの投資が果たした役割はよく知られています.ARPANET, 人工知能, そしてロボットといった分野で(軍事利用どころか実用化以前の基礎研究段階から,)DARPAは現役研究者をディレクターに招いて基礎研究への投資(予算配分)を成功させてきました.その一方,DARPAをモデルに新設された「情報戦版DARPA」とも言うべきIARPAについてはこれまであまり注目されてきませんでした.いわば,諜報機関は内製の研究成果だけでやっていて,学界の研究に投資する機関が必要だとは思われなかったわけです.

そのIARPAが独自のゲーム研究助成の募集を始め,ゲーム研究のキーワードが使われていたことでゲーム研究者の話題になりました.このプログラムは「Reynard」というコードネームで呼ばれており,実施機関期間は2009年秋から2012年夏まで,初年度の予算はhalf billionと計画されています.以下、公募ページから引用します:
IARPA sponsors leading-edge research to help the Intelligence Community keep abreast of the many sources of information needed to inform our nation's leadership. A new channel for information exchange and social interaction is emerging with the growing popularity of Virtual Worlds (VWs) and Massive Multiplayer Online Games (MMOGs).
http://www.iarpa.gov/solicitations_reynard.html
仮想世界やMMOGが国のインテリジェンスコミュニティ(諜報機関)にも有益な研究対象として認められたことで,これまでの人文社会学的なアプローチで進められてきた研究シーンがどうなるのかが注目されます.
IARPA側から応募者への説明資料も公開されています.それによれば,
  • アメリカ国内ではなく,海外のプレイヤーを分析すること(p.16)
  • ゲーム製作,ゲーム技術開発には資金援助しない(p.24)
といった点が強調されており,これまでの国内向けシリアスゲーム開発の発注が中心だったの軍事予算枠とは異なる独自色を出しています.
2009年春にはさらに申請者のプレゼン書類(数分程度のスライド)も公開されました.以下に代表例を紹介します.
  • 南カリフォルニア大学を中心としたチームの発表スライド
    http://www.iarpa.gov/Reynard_Proposer-USC.pdf
    過去の実績をアピール.パリ暴動でのチャット記録を分析! ゲーム内発言でプレイヤーを追尾!
  • Stanford大学を中心とした共同チームの発表スライド
    http://www.iarpa.gov/Reynard_Proposer-Stanford.pdf
    EverQuest2研究で有名なCastronova, Nick Yee など全米の社会科学系研究者で結成されたドリームチーム.
  • 北カリフォルニア大学の発表スライド
    http://www.iarpa.gov/Reynard_Proposer-UNC.pdf
    仮想世界を利用する研究者の多さと過去の軍事研究での実績をアピール.特に研究の強みをアピールしていないが,おそらく他の候補と組んで軍産学複合体のリンカ役になることを目指しているのではないかと思われる.
候補をざっと見て,オンラインゲームの一大市場であるアジア中心の提案が見当たらないのが意外でした.コンピュータと人間とのインタラクションの研究,あるいはシリアスゲームの企画開発はアジアでも珍しくありませんが,やはりゲーム内世界でのインタラクションの研究価値はまだ認知されていないようです(個人的に知ってる範囲では,日本でも過去にMMORPG上の竹島イベントを分析しようとして,指導教官に「それは研究ではない」と止められた院生がいました.)

関連情報

米国の会計年度は10月に始まり9月に終わるのですが,10月も終わろうというのにまだReynardプログラムのページが更新されていません.機密事項扱いになったのかも知れませんが,一応IARPAのディレクターは機密扱いにはしたくないと発言しています(だからこそこれだけの大学が応募したとも言える).
  • 「新設スパイ機関は任務のために学界による援助を要請する」サイエンス誌による局長インタビュー
    http://www.sciencemag.jp/science/general/science/09/2009_1_16/sci_jap.html
機密ではないとすれば,オバマ政権下で予算の執行が止まっている可能性が考えられます.(アメリカの予算スケジュールについては以下を参照: http://www.glocom.ac.jp/j/publications/2005/07/2006.html)
今後の動向が注目されるところです。

2 件のコメント:

  1. USCでユーザ研究を行っているのはコミュニケーション専攻のグループで、GamePipeラボのグループはゲーム開発を行っています。軍の資金によるゲームエンジンを用いての社会シミュレーション開発としては、
    USC Gamepipeの広報にでているものでも、 Grasped World(2008). Cosmo[polis(2009) があります。http://gamepipe.usc.edu/USC_GamePipe_Laboratory/Blog/Entries/2008/10/1_The_Grasped_World_Developing_a_Modeling_%26_Simulation_Infrastructure_for_the_Study_of_Peace_Maintenance_%26_Globalization.html
    http://gamepipe.usc.edu/USC_GamePipe_Laboratory/R%26D/Entries/2009/10/5_The_USC_GamePipe_Laboratorys_Cosmopolis_Online_Game_-_a_Behavioral_Model_Testbed.html

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  2. 「サイエンス」にも紹介記事が載っていました。
    Subrahmanian VS, Dickerson J. "What can virtual worlds and games do for national security?"
    Science. 2009 Nov 27;326(5957):1201-2.
    http://www.sciencemag.org/cgi/content/summary/326/5957/1201
    IARPAに限定した話ではありませんが、メジャーな科学誌に掲載されたことで、さらにオンラインゲーム研究への注目が集まるかもしれません。

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