CEDECにおけるゲーム開発者と研究者
CEDEC(CESA Developers Conference)は日本最大のゲーム開発者のためのカンファレンスである.開発現場の話だけでなく,数年前から「アカデミック」トラックが新設されたことで,それまでゲーム産業との接点がなかったアカデミックなゲーム研究者がゲーム開発者と交流し相互に学習する場にもなっている.本ブログの親団体であるIGDA日本もこのネットワーキングに関わってきた歴史がある(CEDECとIGDA日本については学会誌記事に詳しい).アカデミックな発表のみどころ
今年のCEDEC2010でもアカデミックセッションが組まれており,ウェブサイトから発表予定を見ることができる.個人的な印象では,これまでの流れを継続しながらも大がかりな公募を行ったことで現在の学術界の人口比を反映した構成になっている.(研究者人口の多い分野で若手の発表が増えた一方で,たとえばゲームライティングやデジタルヒューマニティーズといった人文系のセッションは下火になったように見える.)CEDEC2010ではこの一連のアカデミックセッションの発表だけでなく,基調講演やポスター発表まで多くの学術界からの発表がある.その中から個人的に気になっているものを以下にいくつか紹介したい.
基調講演ではMITメディアラボの石井裕教授が来日する.MITでゲーム開発といえばCMSとかGAMBITが教材公開や学生の作品製作で知られており、本ブログでも紹介してきた。しかしメディアラボはそれらの部局とは異なり、ゲームに特化していない研究を通じてゲーム業界に影響を与えてきた(たとえばメディアラボのSynthetic Characters Groupは活動打ち切りになったものの,その論文はゲームAI開発者に大きなインパクトを残している).今回の講演でも、分野を越境するようなメディアラボならではのスケールの大きい話が聞けるのではないかと期待している.
また,アカデミックセッション以外の発表では,東京工科大学でのGlobal Game Jam参加報告も予定されている.本ブログでも紹介したように,東京工科大学はIGDAのゲーム開発イベントであるGlobal Game Jam 2010への参加を果たした(他に大学院大学であるJAISTも参加した).海外ではGlobal Game Jamが各地域のゲーム開発者とゲーム教育拠点とが共有する機会にもなっており,ゲーム開発教育の観点からも興味深いものになるはずだ.
ところで,CEDECと同時開催されるイベント『ゲームのお仕事』業界研究フェア 2010もアカデミックな点でみどころがある.一般的な業界研究フェアでは研究とは名ばかりの産業界からの説明に終始することが多い.だがこのフェアでは本当にゲーム業界を研究している研究者も登壇する.国内外のゲーム産業について大学で研究している研究者による業界分析が無料で聞けるのはすごい.
アカデミックな研究者が注意すべきポイント
ここまでアカデミックなみどころを紹介したが,それと同時にアカデミックな研究者に対して,発表する時の注意点をおさらいしておきたい.北米でもGDC(ゲーム開発者会議)など産業界のイベントで大学の研究者が発表しているが,ゲーム研究の発表は開発者にはあまり評判がよくなかった.そこでなぜアカデミックなゲーム研究者の発表の評判が悪いのかを論じたのが,2006年11月に Gamasutra に掲載されたアカデミックなゲーム研究者への公開書簡「We're Not Listening: An Open Letter to Academic Game Researchers」だ.この記事は,一見して産業界から学術界への一方的な要求に見えるが,そうではない.むしろ,博士号をとってゲーム産業で活躍している企業研究者が学術界に対して「ゲーム産業界のイベントで学会と同じ発表をしても誰にもきいてもらえませんよ」とアドバイスするものだ.著者のJohn Hopsonは脳科学で博士号を取得したあと,Microsoft Game Studioにリクルートされ,Haloシリーズや Age of Empiresシリーズの開発に携わっている(Microsoft Game Studioは心理学の博士を継続的に採用して開発に参加させている).この6ヶ条の内容は企業内研究者の参考にもなるので,以下に要約してみよう.
- ルールその1: ROI (Return On Investment)を意識する
- 学会ではなくゲーム開発者のイベントで話すのならば,実践への提言や製品への改善につながらない研究を売り込むのはやめよう.研究成果を採用してどんな効果を得ようとするのか,費用対効果を意識すべき.
- ルールその2: 日本語で話せ
- 学会発表のスライドを使いまわさず,一から作り直すこと.すべての土台をカバーするのは止めて,メッセージは1ページで伝えられるようにする.例に出すのは最近の成功したタイトルにする(3年前のタイトルや地味なタイトルを例に語るのはやめる).
- ルールその3: より小さく,早く,安く
- 開発者に向かって話す際は,受け入れやすいポイントを含めること.おすすめの切り口は,一人で実装できる,小さい規模でテストできる,モジュール化できる,パラメトリックである,といったところ.
- ルールその4: 分析するのではなく処方箋を
- ゲーム産業のイベントなのに象牙の塔への撤退宣言をしているような発表がある.たとえば,ゲームについて理解を深めることを目的とし,ゲームを提供する(あるいはゲーム開発者を育成する)ことにつなげようとしない研究.研究上の素晴らしい知見だけでは不十分で,実際の泥臭い実装へとつながる明確な道筋を示すこと.
- ルールその5: 百聞は一見にしかず
- 動かせるモデルが一つあれば,理論体系の長い説明はまったく必要ない.
- ルールその6: クライアントはつねに正しい
- 自分の研究が本当に産業界に聞かせるべきものなのか,確かめる一番の方法は開発者に尋ねること.研究に取りかかるまえに,開発者に尋ねてみよう.特に企業をクライアントとして研究する場合は,研究者はいつ何を発表できるかをNDAで決めてサインすることになる.この時に,相手の懸念をよく理解する必要がある.
- お互い公平にやろう
- そして記事の最後には,当時の産学連携事例や,開発者が知っておくべき学術的な成果の価値についても述べられている.
日本のCEDECの文脈で考える場合,上記6ヶ条の他にもたとえばCEDECの場合はCESAゲーム開発技術ロードマップで研究をどう位置づけられるのかを考えるのもよいだろう.
従来の産学連携とゲーム産業の独自性
1990年代は日本国内でも「大学が基礎研究をやり,企業が応用する」という一本道の戦略が大真面目に語られていた.知識は上流から下流へと流れ、大学の先進的な研究を製品化するのが企業の役割というわけだ.しかし,ゲーム産業の展開をよく見ると,イノベーションは必ずしも優れた基礎研究からは起こってはいないように見える.実際,一本道を唱えていた従来型の産業でも『中央研究所の時代の終焉: 研究開発の未来 』(原題はEngines of Innovation)の翻訳出版や,訳者である西村吉雄氏の著述活動などによって,日本国内でも「大学が基礎研究をやり,企業が応用する」という一本道モデルはもはや「戦略」とは呼ばれなくなった.そしてシリコンバレーやハリウッドなどをモデルにして新たな産学連携の取り組みが進められている.
現在の産学連携の議論にはこうした背景があるのだが,日本のゲーム産業はもともと自治体の力も学術界の力も借りずに独力で発展してきた産業だった(むしろ,外部資源に頼らなかったから成功したのだという見方も根強い).このため,国内ゲーム産業は1990年代以降の産学連携戦略の議論はスルーしたままで現在に至っており,ゲーム研究投資も各企業によってまちまちである.
ただし,これはゲーム産業の意識が遅れていることを意味しているのではない.むしろ,ゲーム産業とゲーム研究者のどちらも戦後の研究投資のモデルに縛られていないことをも意味している.いまは国内ゲーム産業が独自のあらたな研究投資モデルを準備する時期なのだろう.CEDECが継続してきたアカデミックな研究とのネットワークが,新たなステージに進むことを期待している.
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返信削除CEDEC CHALLENGE:
返信削除あ,九路盤対戦を忘れていた.これは今年からはじまったコンベ企画「CEDEC CHALLENGE」の題材です.
http://cedec.cesa.or.jp/2010/event/challenge/ai.html
これまで人工知能プログラムはプログラム同士の対戦,そして人間のトッププロとの対戦をくりひろげてきました.この歩みは前記事でも紹介しています.
「ゲームAIコンペティションの新展開」
http://igdajac.blogspot.com/2010/06/ai.html
たとえばコンピュータチェス世界選手権はコンピュータ開発で最も長い間続いているベンチマークテストと言えます.ちょうど今年は日本国内でも2010年9月24日から9日間に渡ってJAISTでコンピュータチェス世界選手権、コンピュータオリンピアードが開催される予定です.
http://www.jaist.ac.jp/ICGA-events-2010/
また,デジタルゲーム分野では,8月18-21日にコペンハーゲンでスタークラフトを含む複数種目のゲームAIコンペが開かれます.
http://game.itu.dk/cig2010/?page_id=19
このようにAI対戦は国際学会で活発に開催されてきました.CEDEC2010の九路盤対戦は,こうした学会プログラムがそのままゲーム開発者会議に入っているところに特徴があります.これまで個人のゲーム開発者が国際学会に参戦して上位進出したことはありましたが,学会コンペのフォーマットをゲーム開発者会議に持ってきて挑戦者を集めた企画はちょっと思い当たりません.非常に野心的なプログラムと言えるでしょう.
過去の日本の囲碁対戦公開イベントとしては,たとえばFIT2008で開催されたコンピュータ囲碁最前線のプログラムを以下に見ることができます.
http://www.ipsj.or.jp/10jigyo/fit/fit2008/fit2008program/html/event/event.html#6
研究と公開対戦とがセットになっています.