研究スポンサーとしての科研費
科学研究費助成事業(通称「科研費」)は,研究者に対して国が(正確には文部科学省及び日本学術振興会が)研究資金を配分する仕組みである.簡単に言えば,日本の研究予算の巨大スポンサーだ.これまで日本の研究予算ではゲームに関する研究予算枠は皆無だったのだが,今年の科研費改正によって日本のゲーム研究予算に変化がもたらされる可能性がある.この変化について考えてみたい.
科研費におけるゲーム関連研究分野
科研費は『実験医学』誌連載(書籍化もされている)で解説されているように,大学院生から企業研究者そして大学教授にいたるまで多くの研究者に研究資金を提供して長年日本の学術研究を支えてきた.しかしながら,これまで科研費の申請分野にはゲーム関連の分野がなかったために,ゲーム研究者が科研費を取得するには伝統的な分野で申請するしかなかった(たとえば教育社会学,人文社会情報学,メディア情報学,経営学とか). つまりゲーム研究者はまず伝統的な分野の審査で評価されなければ研究予算がとれないというアウェーな立場だった.このため,日本はこれまでゲーム研究開発に国の予算がついたことはない珍しい国だと言われることもあった.(昔,筆者もゲーム研究者から「(ハードコアなゲーム研究で)科研費を獲得するのは無理」という話を聞いたことがある.)
しかし,今年からゲーム関連の申請分野ができたことで,ゲーム関連の研究予算配分にも大きな影響がでるかもしれない.
昨年度末に文部省の審議会から出された「科学研究費助成事業―科研費―「系・分野・分科・細目表」の改正について」(平成24年3月23日)で,科研費を配分する分野の見直しが行われている.この中で,情報学分野に細目名「エンタテインメント・ゲーム情報学」が新設された.以下に示すように,その内訳はゲーム関連のキーワードを多く含んでいる.
- 細目名: エンタテインメント・ゲーム情報学
- 研究キーワード: 音楽情報処理,演奏支援,3Dコンテンツ・アニメーション,ゲームプログラミング,ネットワークエンタテインメント,メディアアート,インタラクティブアート,ディジタルアーカイブズ,デジタルミュージアム・ヴァーチャルミュージアム,情報文化
この細目表をはじめて読んだ時は「アーティストやエンジニアばかりで,ゲームデザイナに対応する分野がない!」という印象をもったのだが,よく読むとそこもしっかり対応されていた.さらに複合領域分野の方で細目名「デザイン学」も新設されている.
- 細目名: デザイン学
- 研究キーワード: 情報デザイン(コミュニケーション,メディア情報,コンテンツ,インタラクション,インタフェイス),環境デザイン,芸術,美学,デザイン史,デザイン論,デザイン規格,デザイン設計支援,空間・音響モデリング,デザイン評価分析,デザイン教育(一部省略)
以上のような改訂により,今年からCGアート,サウンド,ネットワーク,そしてゲームデザインというゲーム研究開発の諸分野で科研費を申請し審査される体制がはじまったと言うことができるだろう.これがうまく行けば,日本の研究予算の歴史でも画期的な出来事だと言える.今後は,ゲーム研究者が自ら予算を獲得する,あるいはゲーム企業が自社開発できないハイリスクの研究を大学と共同提案する, ゲーム研究者も研究予算を獲得できるかどうかが評価される,といった研究の活性化が期待される.
今後の展望
これまで日本は「世界的なゲーム開発大国でありながら、過去に政策上の支援をほとんどしてこなかった国」という世界的にも珍しい事例を提供してきた.(ただし例外として,科研費以外の予算枠で専門学校や大学の教育プログラムが過去に国の支援を受けたことはある.またゲーム制作をテーマにしてはいないが,過去に時限つきテーマとして制作を支援する基盤技術開発でオンラインゲーム研究に予算がでたことはある.)もちろん今回新設された分野だけでなく,伝統分野でもゲームの研究提案は進むだろう.たとえば教育・医療・専門家養成・社会システム工学・災害対策といった分野ではシリアスゲームのアプローチはさらに増えると考えられる.またこれらの分野に加えて,科研費では例年時限付きの分野募集もおこなっているので,学会や産業団体の提案によって短期間の研究予算が割り当てられる場合もある.
そもそも,科研費は個人研究から大規模な研究までさまざまなスケールがあり,どのような規模で研究投資が行われるのかはまだはっきりしていない.これらの展開もふくめ,今年度審査分からゲームに取り組む研究者がどう変わるのか注目していきたい.
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