2016年2月6日土曜日

2015年アカデミックレビュー

毎年1月の Global Gaem Jam も終わり,ここで2015年をゲーム産学連携から振り返ってみたい.

学術出版と商業出版のボーダーレス化

2015年は国内でゲーム研究関係書籍の問題作が出版された変化の年だった.主な書籍をあげてみる。
  • 『妖怪ウォッチが10倍楽しくなる本: 妖怪ウォッチのゲーム・アニメ学』
    ゲーム研究の成果を駆使した本がまさかの三才ブックスから出版された.よくある謎本かとおもったら、「イェスパー・ユールの理論に基づく考察」とか「日本でゲーム研究を専攻できる大学院・大学リスト」とか書いてあるギャップがすごい。情報源の記載も充実しており、これは2015年に国内で出たゲーム学・ゲーム研究書でもっとも丁寧に書かれている。
    海外では、ゲーム研究書を出す学術出版社の競争が活発だ。たとえばMIT出版は,ゲーム研究書や教科書を単発で出すだけでなく、Platform StudiesGame HistoriesPlayful Thinkingというゲーム研究シリーズを並行して出しており、それぞれ来年までの刊行予定が組まれている.
    これに対して,日本ではゲーム研究の出版を担ってきたのは学術出版社ではなく,ファンブックや雑誌の出版社だった.しかし「ゲームサイド」シリーズが休刊したように,ゲーム研究の成果出版はファンに買ってもらうだけでは支えきれなくなっている.この状況で商業出版のカジュアルなパッケージに学術的なアプローチを組み込んだ妖怪ウォッチ本が出たのは注目に値する.
  • 中ヒットに導くゲームデザイン
    まず邦題がひどい.原題は「Game Design Workshop: A Playcentric Approach to Creating Innovative Games 」で、副題もふくめ書名に大胆な味付けが行われている.原著はもともと大学で使われているゲームデザインの教科書だ.翻訳されたのは教科書の新版で、旧版は世界ではじめてゲームジャムについて解説していた先進的な内容だった.新版はそうした先進性は減ったが定番教科書らしい手堅い内容になっている.
    中心的な著者であるフラートンは,全米屈指のゲーム開発者教育者としてニュースでも報道される超人気教授だ。そして原著副題の「Playcentric Approach」とは、彼女らが国際学会で提唱したゲーム開発者教育のアプローチだ.これは学会を通じて世界各地の教育機関に影響を与えリスペクトされているので、なぜ翻訳しなかったのか理解に苦しむ.
    先に述べたように,日本にはゲーム学の成果の出版は、専ら雑誌の出版社によって支えられてきた.しかしこの体制では、新書レベルならともかく大学教科書を訳すのは難しい.一学期かけて読むような体系的な書物なので、訳す側にも一学期かけて読者に教えるような労力が必要になる。しかし本翻訳では大学教科書をあえて翻訳者一人だけで訳し、学者のチェックなしに出版している。この試みは無謀ではないか.本教科書のアプローチはもともと国際学会で討議されたものなので、ゲーム開発者教育の先駆者をリスペクトしている研究者に相談すれば翻訳の質はかなり向上したはずだ.国内大学でも英語教科書でゲーム学を教えている教員もいるので,IGDA日本などに相談した方がいい.
  • イェスパー・ユール『しかめっ面にさせるゲームは成功する』、バーナード・スーツ『キリギリスの哲学』
    人文系の学術書が翻訳されたのも2015年に起こった新たな動きだった.この2冊のうち、前者はやはり研究者抜きで翻訳するという無謀な出版だったが,かろうじて「類書のなかではかなりましなほう」という評価を得ている.
    また後者は研究者による翻訳で,欧米のゲーム研究ではよく引用されている書物なのだが、日本語でも議論に使えるようになったのはありがたい。欧米のゲーム研究者は様々な分野の知見も駆使しているが、日本でもそうした分野越境のきっかけになるのではないか。ゲーム研究だけでなく文化面でも注目され、 新聞の書評にもとりあげられている. 



今後も国内のゲーム学においては,学術出版のかわりを商業出版が担う状況は続きそうだが,研究者が商業出版に進出したり翻訳の質の向上といった今後につながる一年だったと言える.

大学発,ゲーム業界経由,大臣就任

2015年新春,経済危機を迎えたギリシャで財務大臣に任命されたのがValve社でSteamのエコノミストをしていたヤニス・バルファキスだった。彼は経済学の教科書を書くだけでなく,ギリシャの経済学教育の水準を世界レベルに引き上げたアカデミックリーダーだったが,新政権に招かれるまではギリシャ国内での攻撃を避けてアメリカに渡っていた.
国際ニュースではそのセクシーなルックスだけが注目されてしまったが,バルファキスはゲーム産学連携でも重要な役割を果たしている.オンラインゲームのマーケットをコントロールするために経済学の教授を招くのはValve以前にEveOnineでも行われているが,バルファキスは従来の経済学ではできなかった実験やシミュレーションが可能になる場としてゲーム産業を位置づけた.このため,全米のゲーム業界団体ESAも彼を従来の経済学理論に挑戦する者として「he may be best positioned to pull Greece out of its financial crisis」と特集している.
ヴァルファキスのゲーム産業関連でのもう一つの功績は,彼がValve社長のゲイブ・ニューウェルからのメールからはじまって,Valve社での思索をブログで発表してきたことがあげられる.彼のブログ投稿はForbes記事でもとりあげられた他,転職したい企業のトップであるValveの新入社員マニュアル経営論でも注目されるきっかけにもなった.
バルファキスは夏にはギリシャ政治の舞台を退いて次の運動に向かったが,伝統的な学問を変える革新的な人材がゲーム産業に集まり,ゲーム企業の文化が研究対象となりうることを示したといえるだろう.

ゲーム人材育成の次なる展開

ゲーム産業を支えるのはクリエイティブな人材だが,日本では即戦力の確保が優先されるあまり,将来のゲーム産業を変革する次世代人材の育成が遅れてきた. これまでのゲーム産業にないものを持っている人材(必ずしも従来通りのゲーム会社に就職しようとは思っていない人材)をどうやって発掘し、ゲーム開発者の仲間に加えることができるのだろうか?
このブログの本家である国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)では,東京ゲームショウでの「センス・オブ・ワンダー ナイト」(SOWN)の開催を支えてきた.公式ウェブサイトにも注記されているように、これはGDC(Game Developers Conference)で2001年に始まった 「Experimental Gameplay Workshop」からインスパイアされたもので、選考委員にはIGFの顔役も含まれる国際的な視野に立ったイベントだ。
昨年のSOWN2015には、上記教科書を書いたFullerton先生も実験作「Walden」を出展するために来日した。こうした実験作を披露する国際的な場としてSOWNは機能してきたと言えるだろう. (余談だが、この来日の際にアメリカ大使館は彼女の講演会も主催した。つまりゲーム開発者教育はアメリカから海外に発信すべき文化として位置づけられている。)

その一方で,世界各地ではさらに人材発掘が進み,「無名の若手開発者がミニゲーム1本で一夜にして脚光を浴びる」という巨大なメディアイベントが起こっている.その代表例がIGFで,IGF2015では学生部門でもっぴんがファイナリストに進み,日本でも大きな注目を集めた(学生部門ファイナリストは日本人では初.過去のIGFでは日本滞在経験のある開発者が受賞したり、Q-Gamesがノミネートされた例がある).IGF2015一般部門でも大学院発のプロジェクトがグランプリをとった。グランプリを受賞したのは上記のフラートンが教える大学院の卒業研究プロジェクトだったOuter Wildsだ.昨年はこうした新人への注目が集まった年だった.ちなみにOuter Wilds開発グループには数年前にIGDAスカラシップに参加した学生もおり,数年間での成長に驚かされた.
世界各地ではじまったこうした次世代人材の発掘と日本の課題については次回に改めて展望したい.

追記: 2016年プレビュー

2016年のゲーム研究シーンを展望してみると、3月のGDCと8月のDiGRA+FDGに注目している。
昨年のGDC15では、アカデミックサミット後の夜の部がアメリカのゲーム開発者教育の歩みを振り返る内容だったのが印象深かった。今年も引き続きゲーム研究者の表彰ノミネートがはじまっている。
日中の講演セッションでも、全講演者が決まったわけではない1月時点で、ネカマ研究などオンラインゲーム研究を切りひらいたNick Yee, MITでゲームAIのフレームワークを発表したあとゲーム業界で活躍するDamian Isla、さらに和ゲー研究を今年出版予定の現DiGRA会長Mia Consalvoの発表が決まっており、それらを一度に見れると言う楽しい場になっている。ちなみにIGDA日本が協力するGDCツアーの募集が2016年2月15日(月)に延長された。興味のある方はお知らせください。http://www.pts.co.jp/corp/gdc2016/
そして、秋にはDiGRAとFDGのジョイント世界大会がある。会場は国のゲーム研究教育拠点(UK Centre of Excellence for Computer Games Education) があるスコットランドの Abertay University 。FDGについては以前参加報告をしたことがあるが、欧州発のDiGRAとアメリカ発のFDGという性格が異なるの国際会議を両方誘致したことで、過去最大規模のゲーム国際会議になるはずだ。
 この他にも分野ごとの国際会議が毎年多大な労力をかけて開催されており、国際的なゲーム研究シーンはさらに活発化していくだろう。

さらに追記: 2016年国内での国際学会イベント


上記プレビューを見て「国内では国際的な学会活動は開かれない!」「海外出張予算の無い人は世界的なゲーム開発シーンに加われないのか!」と思われたら,それは誤解です.以下で,国内で開催される国際学会,国際会議参加支援団体について補足します.

(1) 国内で行ける国際学会
今年国内で行われるゲーム関連の国際学会で最大級のイベントは, ICA(国際コミュニケーション学会)の世界大会だろう.これは6月に福岡で開催されるのだが,その前日に都内でもプレイベントが開催される.
たとえば6月8日にICAゲーム部会のプレコンファレンス(前述のMia Consalvoの日本のゲーム文化についての講演の他,ゲーム展示発表あり,秋葉原で夜の部もあり),同じく6月8日にはクールジャパンを題材にしたプレコンファレンスが開催される.
ゲーム関連の国際学会は快適な土地や会議場で開催されることが多く,日本では大規模な国際学会を開催するのは難しい.(特に大学のキャンパスでやろうとすると海外からの参加者はかなり苦労する.)この点で,ICA世界大会はメインが福岡の国際会議場,プレコンファレンスを東京の大学キャンパス(と秋葉原)という組み合わせで,新しい試みとして興味深い.
これに次ぐ世界大会としては,11月大阪でのACEカンファレンスもある.これは単発の国際会議ではなく,日本国内学会によるエンタテインメントコンピューティング2016と同時開催されることになっており,世界と日本とのエンタテインメントコンピューティングが交わる場所になることが期待されている.日本のエンタテインメントコンピューティング研究はよくも悪くも独自に発展しており,それが国際的な文脈と接続されることは興味深い.

(2) 海外渡航旅費支援
ゲーム研究に対する研究助成事業のリスト」などで国際学会参加を支援してくれる団体がある.申請条件はまちまちだが,プロの研究者だけでなく,研究機関の共同研究者や大学院生でも申請できるものがある.


0 件のコメント:

コメントを投稿