本記事では,WHOでのゲーミング障害の扱いに対するゲーム学界の対応を説明し,ゲーム開発者が(パブリックコメント以外に)できることを考え,Global Game Jam瀬戸内会場in香川について説明します.
さて香川といえば県の#ネット・ゲーム依存症対策条例が話題だが,その出しにつかわれたのが「ゲーム障害(ゲーミング障害)」という概念である.世界保健機構(WHO)のICD-11(追記: 「疾病及び関連保健問題の国際統計分類」(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems) 第11版)で,「ゲーミング障害(gaming disorder)」の分類が追加されることが決定され,有効になる前から政治的関心を集めている.本記事ではゲーミング障害に関するゲーム研究・ゲーム分野での議論をまとめてみたい.
ゲームと障害
これまでゲームと「障害」(discorder)についての学会報告といえば,「ゲームで障害を治療できるか」というゲームを積極的に応用する取り組みが主流だった.たとえば心理学の定番教科書でも,「VRゲームはPTSD(心的外傷後ストレス障害)治療に使えるか」「ゲームは認知障害に対して有効か」といいったゲーム活用の知見を学生のうちから教えている.
そこに登場した新たな概念が「ゲーミング障害」である.それまで存在しなかった障害の分類に対するゲーム開発者・ゲーム研究者の対応はどうだったか.まず本ブログの親団体であるIGDA(アメリカに本部を置く国際ゲーム開発者協会)の対応は,ゲーミング障害はファクト(科学的に検証された根拠)に基づいていない」「米国医師会や米国精神医学会ではそのような議論は行われていない」というもので,アカデミック的な議論にもとづく意思決定を求めるものだった.もちろんゲームによって依存が生まれることは認めており,IGDAの元チェアマンが書いた教科書『ゲームデザインバイブル』では,ゲームに依存性があること,ゲームデザイナの社会的責任に関する章があり,ゲームデザイン書籍のベストセラーである本書で多くの学生が学んでいる.(追記: その一方で,倫理や社会的責任を学べなかった上の世代のゲーム開発者の学びなおしも重要な課題である.GDCでは倫理や社会問題についての講演が設けられるようになったが,国内ではようやく教科書が翻訳されたところだ.)
このようにゲーム開発者コミュニティはWHOでは科学的な検証が不十分な現状で分類を行うことに反対していたが,専門家の議論はまとまらなかった.英国の心理学者はこう解説している.
「アカデミアの意見はふたつに大きく割れた。ゲーミングが原因で問題を抱えている人々に客観的なラベルが貼られたことで、そうした人々が必要に応じて適切な治療を受けられるようになったと主張する研究者もいる。その一方で、ゲーム依存に対する科学的証拠がまだ十分ではないと主張する研究者もいる」そして記事の最後にあるように「人々の尊敬を集める立場である人々も、公共の場でゲームについて語る際はもっと筋の通った慎重なアプローチをする必要がある」,つまり政治家やマスメディアがゲームについての扇情的な発言をする前に,今まで以上にファクトチェックをすることが求められるだろう.
「ゲーム障害のICD-11入りが過度なゲーミングに対する偏見を小さくすると指摘する。これに対して認定に否定的な人々は、逆にゲームという行為に対する偏見を大きくすると主張している」
(ゲーム障害」を過度に心配してはいけない理由)
日本が果たすべき役割
ところで,ゲーミング障害の国際疾病分類への追加に最大の責任を負っているのは日本である.国立病院機構久里浜医療センター(以下,久里浜と略記)は,ゲーミング障害に唯一明確な支持をしたのが日本政府だったと述べている.これをそのまま受け取れば,ゲームの長時間プレーで死者が出た韓国・中国のWHO代表ですらゲーミング障害分類を積極的に支持しなかった.その案を日本代表が強く推進したことから,日本代表は世界のどの国とも違う独自の意思決定・リスク評価をしていたことがわかる.これは日本のゲーム教育にも問題がある.上述したように海外の心理学やゲーム開発の教科書では,シリアスゲームを開発したりeスポーツを活用した治療への取り組みがみられるが,国内教科書にはほとんど見られない.また久里浜は「病名がなければ、研究費も受けられない」と研究の必要性を訴え,その主張に沿ってWHOでの決定後,日本はゲーミング障害についてのファクトを集める研究に予算を投じられることとなった.ゲーム障害の国際疾病分類入りを推進した日本こそファクトにもとづく学術論文を発表して世界に対する責任を果たすことが求められるだろう.
ゲーム研究者の声明
先にWHOでは「アカデミアの意見は大きく割れた」とのべたが,ゲーム研究,すなわち大学でゲームを学問として教える研究者たちは別で,積極的な声明を出している.本ブログでも活動を紹介しているHEVGA(全米ビデオゲーム高等教育機関連合)は声明を発表し,ゲームの教育利用の著作で知られる藤本氏がその重要性から私家版日本語訳を公開している.また,各団体の代表が公の場で発言している(これについては後でまとめる).あるいはゲーミング障害の理解のされ方を理解すべく,昨年京都で開催されたDiGRA2019では専門家のゲーミング障害の分析についてのメタ分析も発表された.この声明だけではわかりくいが,多くのゲーム研究者はゲーミング障害がゲーム規制の口実に使われるだろうと(過去の焚書の事例から)予想し発言してきた.その中でもっとも注目を集めたのが昨年3月のGame Developers Conference(GDC19)で開催されたパネルセッション'How to Talk About Games Today'「いまゲームについてどのように語るべきか」だ.過去に本ブログの2019年プレビュー記事でも言及したが,このセッションの動画と資料が公開されたのでくわしく紹介しよう.
GDC19でのパネルディスカッション
世界最大のゲーム開発者会議GDCには各地の名物教授も集まる.GDC19のパネルディスカッションもゲーム研究組織の世界的なリーダーたちが名を連ねた.- Lindsay Grace(マイアミ大学准教授,インタラクティブメディア学科長)はギネスブック登録された世界最大のゲームジャムを運営するGlobal Game Jamの副代表,世界各地のゲーム学位授与機関が集まるHEVGA(全米ビデオゲーム高度教育アライアンス)副会長をつとめている.どこにでもゲーム開発を教えにでかけたGDC18報告が日本でも報じられた。またGlobal Game Jam Stories(2018)を編集している。
- Mia Consalvo(コンコルディア大学教授)は世界最大のゲーム研究国際学会DiGRA(デジタルゲーム研究に関する国際学会)前会長,そしてCanada Research Chair for Game Studies and Design,つまりカナダ連邦が国家戦略として進めるゲームスタディーズ・ゲームデザイン研究を率いる要職についている.
- Roger Altizer(ユタ大学教授)はゲーム開発者教育ランキングのトップ学ユタ大学のEntertainment Arts and Engineering(EAE) 副ディレクター,治癒支援アプリラボディレクター.デジタルメディシンディレクター.
- Andrew Phelps(ロチェスター工科大学 教授) はRITでインタラクティブゲーム&メディア学部を立ち上げ,上記のHEVGAの現会長である.
さらに,リンク付きで参考資料もウェブ公開されている.この公開ページの題名が「Under Fire: How to Publicly Discuss & Promote Game(我々は攻撃を受けている: ゲームの公開議論と宣伝のハウツー)」というふざけた題名になっているが,内容は落ち着いている.以下,簡単に紹介しよう. パネルの構成はHEVGA声明とほぼ同じだ.その基本的な姿勢は,感情的な扇動に対して学術的な立場から対応するというものだ.そのために,過去の焚書の何が問題だったのか?なぜゲームについて相反する研究結果が出て,専門家の統一見解が得られないのか?ゲームは治療へ応用できるのか?といった,そもそもの背景となる知識や論文が提供される.
以下,パネリストごとに一言でまとめてみる.
・Andrew Phelps「はじめに」(YouTube動画 -04:22) ここではメンバーの紹介そして近年のゲームの議論の背景を説明するという趣旨が説明される.
・Lindsay Grace「モラルパニックと誤解」(04:30-13:18) 過去の焚書の歴史からの教訓を得る.日曜日のスポーツのすすめ焚書! コミック焚書! テレビ依存症の恐怖! TRPGで非行に走る若者たち!(単発事例をあげるのではなく,当時の社会関係を分析した論文を紹介しています)
・Mia Consalvo「ゲームと暴力に関するリサーチメソッド」(13:40-25:25) ゲームと暴力との関係を示そうとする研究はどうやって進められてきたのか.
・Roger Altizer「ゲームはあなたによいものです」(25:55-37:45) ゲームを健康目的に積極的に活用する立場から.
・Andrew Phelps「まとめ: 我々は何をすべきか?」(38:00-1:00:00) ワシントンで政治家とミーティングした話,HEVGAのWHOへの声明について,ゲーム開発者はどうすべきか?,まとめ(47:50),Q&A(50:10-)
これらの動画そして発表資料はどれも興味深いが,特にゲーム開発者にとっては,まとめでフェルプスが指摘している点が興味深い.「Beware of unpublished or ‘preliminary’ research or ‘sponsored’ studies」(学会論文になっていない研究,予備調査,スポンサーつきの研究には注意せよ,これはまさに論文化されていない商業出版物や予備調査に立脚した香川県条例にあてはまる)「Remember that you are an expert on the creation of games –most people have no idea how games are planned, made, marketed, or sold」(みなさんがゲーム制作の専門家だということを忘れずに.ほとんどの市民はどうやってゲームが企画され,開発され,配布され,発売されているのかを知らないのです)ゲーム開発者はたんなる攻撃対象ではなく,社会が理解し始めている新しいメディアのエキスパートなのだ.
GDC19に登場したオールスター教授陣は世界の研究者に号令をかける立場でもあり,日本のコミュニティとも無縁ではない.パネリストの多くは昨年DiGRA2019京都会議のゲーム教育ワークショップにも出席していたし,3月のGDC20でもLindsay Graceは再び登壇予定,また今年2020年8月24日に大阪で開催されるゲームジャムの国際会議でもLindsay Graceは運営委員に名を連ねている.
Global Game Jam瀬戸内会場in香川がめざすもの
募集したパブリックコメントをなかったことにするわけはいかないので,県条例に対するパブリックコメントは大いに行いたい.(18歳以上であれば後述するGlobal Game Jamに参加すればゲーム事業者になってパブリックコメントを出せる.)GDC19パネルディスカッションまとめで示されたように,「ほとんどの市民はどうやってゲームが企画され,開発され,配布され,発売されているのかを知らない」という事態をゲーム開発者は変えることができる.今年度の文化功労者に宮本茂が選出されたが,その一方で ゲーム業界のイメージはどうか.ゲーム業界は子供を中毒状態にしては金や時間を奪う麻薬の売人だと思われているかもしれない.若者をバクチ漬けにして借金地獄に沈める時代劇にでてくる賭場の胴元だと(いまどき)思われているかもしれない(追記: 語句修正).日本の教育政策を失敗させ子供を凶暴化させる反社会集団と思われているかもしれない.あるいはドーパミンを出させて日本人の脳をウニにしようとする悪の組織だと思われているかもしれない.こうしたゲーム開発者のイメージまではパブリックコメントでは変えることができないが,ゲームは特殊な存在ではないこと,学ぶ場があれば誰でもゲーム開発者になれるという理解をひろめることは有効だろう.
そこで,今週末(1/31-2/02)に開催される「Global Game Jam瀬戸内会場in香川」(日本語・英語公式ページ,日本語参加申込ページ)では,開会式の当日まで参加者(および参加キャンセル待ち)を受け付けるとともに,「ゲームはこうして開発できる」「短時間でゲームを開発し,世界に配信できる」「誰でも,どこでもゲーム開発者ゲーム事業者になれる」ということを明らかにしたい.そのために,金曜日午後5時からの開会式,土曜日の日中,閉会式が行われる日曜日午後に県民の参観を受け入れ,ゲームを学問として教える大学教員(筆者:)が説明を行う.確実に説明を受けたい人は事前にイベントへの問い合わせボタンで希望時間を連絡先をいただければ用意します(なお駐車スペースに限りがあるので,タクシーまたは公共交通機関をご利用ください).
ゲームジャムへの市民参加は特別なことではない.過去にもGlobal Game Jam会場を政治家が訪問することは多く,Global Game Jam 2011福岡会場では市長の単独訪問があった.またコペンハーゲン会場やエジプト会場では国をあげて巨大会場がつくられ,大臣の挨拶も行われている.さらに各自治体が開催するゲームジャムもある(岡山県高梁市のゲームジャム高梁では高梁市長・市議会長が開会式で挨拶を行なった).
香川のゲーム文化
残念なことに,香川県条例案を受けて「香川には次世代産業は育たない」という風評被害も起きているが,どの自治体にも同じ議員立法の脆弱性を抱えており,香川県議会だけが特殊なのではない.実際,香川には根強いゲーム文化が存在する.中村光一を輩出したことは言うまでもなく,IEEE DIGITEL 2012 [第4回IEEEデジタルゲームと知的玩具による教育に関する国際会議] を香川大学が中心となって開催,ゲーム要素をとりいれてプログラミングコンテスト自由部門で三冠を受賞した香川高専詫間が讃岐ゲームジャムを開催してゲーム開発に取り組み,活躍できる人材を育成してきた.また「あそぶ!ゲーム展」の無料連続開催,ゲーム技術を活用するチームラボのインタラクティブアートの高松で継続開催するなど,香川では産官学民で数々のイベントが行われ活況を呈している.さらに今夏にゲームジャムの開催も準備中である.それらがひとつながりのゲーミング文化の一部だと認識されていなかっただけなのだ.ここでは香川のゲームシーンを再確認するとともにGGJを通じて「どんな人が」「どうやって」ゲームをつくっているのかという開発現場を理解する場を提供することで,ゲーム開発者だけができる地域貢献を実現したい.今年は日本国内だけでも25の会場でGlobal Game Jamが開催される.見学者が入れない会場も多いが,会場に行けない人はSNSでも情報発信しているのでチェックしてほしい.
(追記1/30: 電子デバイス会場はコロナウイルス流行を考慮して中止され国内24会場に)
0 件のコメント:
コメントを投稿