2024年3月26日火曜日

ゲームデベロッパーが地球温暖化に取り組む理由: 2022-2024

主筆の山根です.私事ですが,この4年間はゲーム開発者の専門職大学の立ち上げに参画しました.そのためこの4年間は学術論文よりも,翻訳・対談・一般書を主にやってきましたが,最初の卒業生を送り出したことで,2024年度からはゲームの高度専門家人材育成を大学から日本全国へと広げていきたいと考えています.今回はその次世代ゲーム開発者を待っている問題の一つとして,2022年から起こっているゲームデベロッパーの環境問題への取り組みを,GDCなどの国際的な変化を中心に紹介します. 


GDC(Game Developers Conference)は世界最大のゲーム開発者のカンファレンスで(2024年だけで講演者1,000人,730セッションに達する),その動向は国内各社が注目しており,開催後の情報交換も盛んに行われている.たとえば本ブログの本家である「NPO法人IGDA日本」でも,日本からの参加者による帰国報告会を開催してきた(昨年の様子),また過去には開発者向けだけでなく,学生向け報告会やSIG-Audio(2012から 2023まで継続中)など専門部会ごとの報告会も開催してきた.世界中のゲーム開発者が注目するイベントだといえる.

さて,そのGDC主催者が近年力を入れているのがゲーム産業のサステナビリティへの取り組みに関するセッションだ.昨年のGDC23でも,環境問題セッションが連日開催され,GDC主催者からの公式ニュースでも報じられた.以下に関連する公式英語ニュースを並べてみる.

こうしてGDC23では,気候変動ゲームや温室効果ガス排出量を減らすゲーム開発について連日セッションがあり,しかも教育サミット,ワークショップ,デザイントラック,ラウンドテーブルと異なるアプローチで展開された.講演者の顔ぶれも,大手スタジオUbisoftからインディーゲームスタジオまで幅広い立場での参加が報告されている.そうした講演がネットで無料公開されたのだからインパクトは大きい.しかし,ここまで立て続けに配信されると「うまくいきすぎる」「これは本当に各社独自の取り組みなのか?もしかして誰か(たとえば石油業界に敵対する勢力)が後ろから手をまわして仕組まれた運動なのではないか?」という陰謀論めいた疑念も湧いても不思議ではない.だがこの運動の背景やキーパーソンはGDC23終了後の海外ゲームメディアの報道によって明らかになっている.この記事にもとづいて背景を紹介したい.

 この解説記事は日本語訳もされており,David Lumb「ゲーム業界の目覚め: ゲームが気候変動のためにできること」(CNET News,  2023年05月30日訳)として読むことができる.GDC23での同時多発発表を担った,ゲーム業界と国連機関とが連携した「Playing for the Planet Alliance」,IGDAに新しくできた気候変動SIG(専門部会)のキーパーソンに出てきて参考になった.なお本アカデミック・ブログの観点から興味深かったのは,記事の中でアカデミックなゲーム研究者が発言しているところだ.このままでは温室効果ガス削減の「目標は達成できない」,と指摘するスウェーデンのウプサラ大学のPatrick Prax准教授が登場するが,筆者は以前から彼の名前は知っていた.ICD-11にgaming disorderの項目が立てられることになったときの公開論争で共同声明に加わった一人だ.彼はゲーミング障害と地球温暖化という異なる問題で積極的に発言しているが,それができるのは,彼が日常的に心理学や自然科学の専門家と交流しつつゲームを研究していることを意味している.これは専門職大学や単科大学ではなく,総合大学で学際研究をやっているゲームデザイン研究者の強みだろう(個人ベースでやっている日本の研究の弱いところでもある).

GDC23から見える日本の上場企業の課題

 こうしたキーパーソンの活躍によりGDC23では気候変動についての講演やワークショップが連日開かれたが,開催当時は筆者も自分のこととは考えられず,他人事としてしかとらえられなかった.2023年時点では恥ずかしながら「世界的なゲーム企業に勤めながらグローバル問題を講演するのはすごいなあ」「カリフォルニアは山火事が続いているから旬の話題ではやっているのだろうなあ」「北欧はエコロジー意識高いなあ」といった漠然とした印象しか持っていなかった.気候変動が日本の産業にとっても重要な問題だと実感したのは2024年になってから,日本の上場企業の取り組みを知ってからのことだ.

2024年,金融庁は東京証券取引所プライム上場企業を対象に温暖化ガス排出量の開示の義務づけを目指している.このニュースで,ようやくGDC23で大手スタジオの現場トップが排出ガス削減に貢献しようとゲーム産業に呼びかける講演をしていたのか理解できた.日本のゲーム産業も大手企業は東証プライムに上場しており(gamebiz記事参照),国際的な投資家の評価基準を受けいれるためにも地球温暖化対策への貢献を計量的に示す義務を避けて通ることはできないだろう.東証プライム上場をとりやめるという選択肢もあるが,ゲーム業界ではそれはないだろう.かつてビデオゲーム産業の歴史が浅く社会的な評価が高くなかった時代,東証1部に上場することがゲーム会社にとって社会的信用のステータスだった時期がある.個人的には東証プライム上場もこの再現になり,ゲーム会社は積極的に温暖化ガス排出量規制に率先して取り組んで社会的信用を高めようとするるだろうと予想している.

ゲーム業界団体の変化

 ここまではUbisoftやIGDA気候変動SIGの個別事例を見てきたが,ゲーム産業を代表する業界団体の取り組みはどうだろうか.これまで「ゲームは脳に悪い」と決めつけられてきた歴史を持つビデオゲーム業界は,今後「ゲームは環境に悪い」と叩かれるのは容易に予想できるので,ゲーム業界として具体的な代表例を示す取り組みが重要になる.この点でもっともデータを活用した情報発信を行っているのは,ヨーロッパ各国のゲーム産業団体があつまったVideo Games Europeだ.GDC23でも登壇した国連プロジェクトPlaying for the Planetとも協力し,年次報告書では任天堂やUbisoftやXboxの地球温暖化ガス排出量からゲームを使って世界をよりよくする試みまで,実例がわかりやすく報告されている.ヨーロッパのゲーム業界団体は,ゲーム産業は地球温暖化に貢献できると主張している.この中には日本企業の海外法人も含まれており,この取り組みを日本国内でも展開することはゲーム産業の社会的信用を担う上で今後の重要課題になるだろう. 

 こうした企業団体が参加することで,国連プロジェクトPlaying for the Planetは初心者にも参考になるウェブサイトをつくっている,プロのゲーム開発者やIGDA気候変動SIGによるゲームデザインといったGDCで発表された取り組みだけでなく,多数のゲーム活用の手引きの集積地になっている.こうした初心者向けのウェブサイトはこれまで業界向け情報を共有してきたゲーム業界だけでなく,より広い層に働きかける活動機関との協力で可能になる.そして情報共有からさらに進んで,気候変動ゲームジャムの開催もはじまった.いまはまだ英語だけだが,こうして参加の障壁も低くなっている.

シリアスゲーム参入の変化

 ここまで見たように,上場企業の評価に温暖化ガス排出量が使われることで,ゲーム開発とサステナビリティの関係も大きく変化しはじめている.私自身も,GDC23では「Ubisoftの現場リーダーが気候変動ゲームのデザインを講演している,意識高いなあ」と思うだけだったが,いまでは「Ubisoftは開発者が社会に向けてサステナビリティに取り組むのを企業として後押ししているのだなあ」という違った見方をするようになった.つまり,これまでは「大企業は手を出さない」と思われていた領域に大企業が取り組むことを理解できるようになった.この変化は,いちはやく環境問題に取り組んできたインディーゲームやシリアスゲームのシーンにも変化をもたらすかもしれない.

 これまでシリアスゲームは「大企業がやらない分野」だからこそ,スモールビジネスや大学が大企業を出し抜ける分野だと言われてきた.たとえば十数年前の計算機学会ACMの会報特集序文 「ゲーム学の創造」(CACM日本語版 Vol.7, No.2, 2007)では,ゲーム企業の経営者や株主代表者は,娯楽以外の儲からないゲームをつくることに反対していると指摘している.だからこそ,コンピュータ分野の学者は社会のためのゲームをつくるという社会的な責任を担っているのだと主張している.この主張はのちに「インディーゲームは,大企業がやらないテーマを追求できる」という形で,インディーゲームシーンともつながっていく.(そうしたゲーム開発者間の自己主張が一般にも知られるようになったのがテレビドラマ『アトムの童 』におけるシリアスゲーム回だろう.)だが,ここまで見てきたように,シリアスゲームの中でも地球環境問題については,もはや「大企業や株主代表は社会問題解決に取り組むインセンティブがない」とは言えなくなっている.そしてプロのゲーム開発者による気候変動ゲームを開発する手引きやワークショップも継続して開かれるようになり,大企業,大学,シリアスゲーム,インディーゲームのシーンが重なる領域が生まれている.

そしてGDC24以後の世界へ

 ここまで,トップ企業のゲーム開発者が地球温暖化対策に取り組みはじめた背景を紹介した.これはGDCや有志によるIGDA気候変動SIGを舞台にして発展してきたために日本語での紹介記事は限られていたが,業界団体や国連プロジェクトをはじめ産学民のゲーム開発者コミュニティを横断するグローバルな運動に成長したことがわかった.日本ではまだこの運動は知られておらず,SDGsはゲーム開発者の問題ではなくゲーム会社の経営者の問題でしょうという見方が根強い.(たとえば日本版GDCとも言えるCEDEC2024では,ビジネス&プロデュース分野の話題にはなっているが,GDCのように複数の分野で活動が進んでいるわけではない.) 筆者はIGDA日本でも日本国内でのゲーム開発者の取り組みに貢献したいと考えているので,日本国内で情報共有を希望する方はぜひコンタクトしたり本記事で紹介したコミュニティに参加してほしい.

  今月3月に開催されたGDC2024での環境問題セッションは以下のとおり.GDC23では(冒頭でも触れたように)開催後1ヶ月程度で講演動画がYouTubeで公開されたが,同様にGDC24でも4月に講演が公開されることを期待している.

以上

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