2025年2月25日火曜日

GDC2025 プレビュー (前編)

(情報開示: IGDA日本はGDCの公式メディアパートナーとして,日本語情報を積極的に提供しています).
アカデミック・ブログ主筆の山根です.1月の「IGDA日本新年会」でも報告しましたが,本アカデミックSIGは今年3月をもって活動を終了して次の活動に進みます.本ブログはその後も残す予定です.(くわしくは本稿末尾にて説明します)

さて本記事では,毎年3月にカリフォルニアで開催されるゲーム開発者のための世界最大のカンファレンス「GDC(Game Developeres Conference)」の(現時点での)プログラムから,本ブログが独自に注目するイベントを紹介する. 前編の本稿では,GDCの専門分野の拡大と今年の傾向について紹介する.

過去最大級の専門セッション

GDC2025の初日から,改築された会場のモスコーンセンターをフルに活用して最大規模の「サミット」が開催される.サミットとは1〜2日かけて同じ会場で同じテーマで開催される専門家向けにプログラムだが,このサミットのテーマが以下のように多岐にわたり,「本当にこれだけの会場を押さえられるのか」と心配になるほどだ.(アルファベット順)

  • Advanced Graphics Summit(リアルタイムCG)
  • Animation Summit
  • Art Direction Summit
  • Audio Summit
  • Community Management Summit
  • Educators Summit(ゲーム開発者教育)
  • Future Realities Summit (VR, ARなどの新技術)
  • Game AI Summit
  • Game Narrative Summit
  • Independent Games Summit(2日間)
  • Level Design Summit
  • Live Service Games Summit(2日間,ビジネスからデザインまで)
  • Machine Learning Summit
  • Tabletop Summit
  • Technical Artist Summit
  • Thriving Players Summit(昨年まではFair Play Summitとして開催)
  • Tools Summit
  • UX Summit
  • Visual Effects Summit

これだけの専門分野のサミットが朝から晩まで開催されるのは過去最大規模である(ただしEスポーツサミットのように今年開催されないサミットもある).GDCではセッションごとに会場フロアを移動することが多いが,サミットの2日間は同じ席で一日中その専門分野だけの話がきける,また「コミュニティマネージャー」や「ゲームUX」など国内では専門家が少ないが,サミットは「席の両隣の人が専門家仲間」という世界的なネットワークに繋がる場でもある.

全体的なトレンド

GDC開催前に,主催者から毎年恒例のゲーム産業年間レポート「GDC State of the Game Industry」が発表された.これはこの1年間の開発動向や開発者の抱える問題を広く調査したものだ.すでに日本国内でも以下のようにニュース速報と詳細記事の両方で紹介されている.

このように,レイオフや生成AIについてのゲーム開発者の関心が日本にも伝わっている.

ゲーム産業の大きな動向を示すセッションとしては,GDC2025ではゲーム産業団体による取り組みも報告される.アメリカのゲーム業界団体ESAがメインステージで行う特別セッションの今年のテーマはアクセシビリティだ.

業界団体ESA, PlayStation5のAccessコントローラーを開発したアクセシビリティコンサルタント,Electronic Arts,Google,Microsoft Xbox,米任天堂,Ubisoftの代表が登壇し,米国での取り組みについて報告がある. これら各社のビジネスモデルはまちまちで,開発者を集めてパネルディスカッションが成立するのはすごい.また当初のプログラムではESAからのパネリストは発表されていなかったのだが,ESAも本腰を入れて取り組んでいることを示している. この背景には,これまでゲームができなかった層もプレイヤー層になってもらおうというアクセシビリティ戦略を各社の開発戦略として共有していること,そしてもう一つはアクセシビリティ戦略がアメリカの産業団体の強みになるという可能性を示している.

今年の傾向

こうした主催者企画の他に,スポンサーセッションや一般公募セッションが続く.本稿ではその中から,今年ならではのテーマのセッションを紹介しよう.

GDC2025の報告書およびプログラムで最近の世相を反映しているキーワードは「レイオフ」だろう.GDC2025ではレイオフに関連するセッションがいくつもの領域で行われるので紹介する.

このセッションは最初は単発企画だったのだが,最新プログラムでは2日間に拡大されて開催されることになった.司会者はカーネギーメロン大学でゲームデザインを教えながらSchell Gamesを創業し,現在もCEOをつとめるジェシー・シェル.彼はGDCで毎年講演を続ける(つまり講演後のアンケート評価がきわめて高い)GDCの名物男だ.人気教授でもある彼のゲームデザイン教科書『ゲームデザインバイブル第2版』(原題はThe Art of Game Design: A Book of Lenses)でも見せたように,雑多な現象を分類して原則に落とし込む腕前をレイオフ危機でも発揮することが期待される.

さらにメディア視点からもレイオフをとりあげたセッションがある.

  • 「Charting the Future: Layoffs, Recovery, Job Trends and Community Impact」(未来予想図: レイオフ,復帰,求人トレンドとコミュニティーへのインパクト)
    これは有名ライターのディーン・タカハシとテンセントのビジネスディレクターとのセッションで,GDCがゲーム開発者だけでなくビジネス層も集まる場所になっていることがわかる.

レイオフ関連セッションはゲームスタジオだけの危機ではない.上述のサミットの中で,各地の大学の教育事例が発表される「教育サミット」でもレイオフのセッションがある.

「まだ社会に出る前からレイオフについて教える意味があるのか?」と驚かれるかもしれない.講演者はゲーム会社をたちあげながらテキサス大学やカリフォルニア大学といったトップスクールで教えた経歴をもち,本講演はゲーム開発のトップスクールでの人材育成を示す内容になっている.職業訓練校は会社に就職することを目標にする,トップスクールは就職してからも学び続けて世界で活躍する人材の育成を目標にしている.たとえば過去のGDCではゲーム学位授与機関である大学が卒業後の追跡調査を行なった発表もあったが,日本国内の専門学校は同種の調査は行っていない(これは批判ではなく,めざす目的の違いである).

こうしたレイオフの意識は,世界から人材を呼び込みたい国にはチャンスでもある.GDC2025のセッションの中には,日本のゲーム会社で働くためのセッションもある.

サイバーコネクトツーは会社広報で海外ジョブフェアでの企業説明会活動を紹介していたが,その活動がGDCの中でも就職転職を扱う「Game Career Seminar」セッションの一つに迎えられることになった. これは近年の大量解雇の流れの中で「なぜ日本の開発者は大量解雇されないのか」といった記事が書かれたようにリストラ危機と無関係ではないだろう.

ただし昔から英語圏では「日本のゲーム業界はサラリーは低いがそれ以外にも生活面のメリットもあるよ」と語られてきた(たとえばDiGRA2007でも話題になっていた).GDCでどのような反応があるのか興味深い. サラリーといえば近年のGDCでは「ゲーム開発の学位を得た人材は相応の収入を得ている」という調査もあり,本アカデミックSIGとしても高度専門家人材が日本企業でどう評価されるのかも注目している.

(以後,後編の注目セッション紹介に続く)


付記: アカデミックSIGの発展的解消のお知らせ

IGDA日本アカデミックSIG幹事の山根です.
2025年1月のGDC新年会で報告しましたが,アカデミックSIGは来月3月をもって解散します. これにはSIG当初から変わった活動領域への対応によるものです.

本SIGの発足に先立って「IGDAカリキュラムフレームワーク」に代表される国際的なゲーム開発者カリキュラム体系への国内対応があった.そして本SIG活動がはじまってからは,世界のゲーム開発者教育は体系を整備する視点から,HEVGAのように学位プログラムとして各校がカリキュラムデザインを進め,Princeton Reviewなどのゲーム開発大学ランキングが毎年発表されるという世界的な競争の時代になった.体系的な教育プログラムだけでなく,特色あるプログラムが求められるようになったのが大きな変化だ.

そしてこれに関連するのだが,ゲーム産学連携が本SIGではなく他のSIGでも進んできた.「IGDAとIGDA日本について」にも示されているが,IGDA日本では人材育成や産学連携に関わるSIGが創設されてきた(SIG4NG, SIG-Indie, SIG地方創生,SIG-Growth),それに伴い,ゲーム開発者教育を含む特色ある試みが教育プログラム単位ではなく地域やシーンとして注目されるようになった.もっと直接的に,SIG幹事がゲーム企業と大学とを兼業する事例も生まれた(SIG-AI).

つまりゲーム開発者人材育成は世界共通のフレームワークを扱うジェネラルイシューから,特色ある多様なシングルイシューの段階へと進んだと言える.(本ブログで香川県条例パブコメを扱ったのもそうしたイシューの一つだった.)本SIGも,「国際NPOの延長で日本のゲーム研究教育を促進する」という活動から,国内各SIGのシングルイシューに積極的に参加することで活性化につながると考えている. アカデミックSIG解散後の活動はさらに現場に密着したものになるでしょう.

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