2018年2月11日日曜日

2017年アカデミックレビュー: ゲーム教育への投資

アカデミックブログ主筆の山根です. 遅くなりましたが、2017年のゲーム研究シーンをふりかえってみたいと思います.

GDC2017とHEVGA (2017年3月)

  2017年3月のGDC(Game Developers Conference)にはゲーム研究の大物がかなり集まりました.というのも、GDCの開催に合わせて会場周辺でHEVGA(HigherEdGames.org)の会合や授与式が開かれたためです.

HEVGAは、ゲームの高度教育機関のアメリカの全国組織です.ここでゲーム高度教育機関というのは、ゲーム専攻があり、ゲームの必修科目群を学ばないと卒業できない高等教育機関(大学・大学院のような学位授与機関)のことです.
HEVGA事務局はESA(アメリカのゲーム業界団体.日本で言えばCESA)が負担し、役員はトップ校の教授陣がつとめています.設立当初はアメリカ国内の高等教育機関を網羅した団体だったのですが、新会長は海外会員の拡充を目指しており、現在では世界中のゲーム高等教育機関とその成果データを持っている組織です.過去のIGDA日本でも日本語記事として紹介してきましたが、全米や全世界の教育機関のデータにもとづいた提言が光ります.
  北米のトップスクールが参加しているのに、アジアでHEVGAのメンバーになってるのは一校だけというお寒い状況なので、アジアから世界レベルのゲーム学位プログラムを目指す大学をIGDA日本アカデミックSIGでは積極的に応援したいと思います. 
  2017年のHEVGAの活動を特別なものにしたのは、GDC Education Summit終了後のEducation MIXER(ゲーム教育交流会)で、ESAスポンサーによるHEVGAのフェロー発表が行われたことです.「フェロー」とは名誉会員のことで、フェローに任命された会員はゲームの学術活動への貢献を表彰されると同時に、ゲームの学術活動を社会にアピールするアンバサダー(大使)の役割も任命されます.1年前のGDC2016でフェローに任命されたのは人文系のMary Flanagan(@CriticalPlay)ほか3名だったのですが、GDC2017では一挙に20人をフェローに任命! この結果、ゲーム開発者が集まるGDCなのに学会の世界大会を超えるゲーム研究の第一人者が集まりました.人数が多いのでビール飲みながら名前を読み上げられただけでしたが、フェローの新授与者の中はすでに日本語訳が出版されている人たちもいました.日本語訳が出ている新フェローは、私が知っている範囲では以下の顔ぶれです.
  • イェスパー・ユール(欠席) 『ハーフリアル』(まえがき、序論、訳者あとがき、正誤表)「ゲーム, プレイヤ, ワールド:ゲームたらしめるものの核心を探る」(訳者コメント)「抽象化の水準」『しかめっ面にさせるゲームは成功する』
  • ステインクーラー&スクワイア「ビデオゲームと学習」(『学習科学ハンドブック 第二版第2巻』所収)
  • フラートン『中ヒットに導くゲームデザイン』
  • ケイティ・サレン&エリック・ジマーマン『ルールズ・オブ・プレイ』
  • ヘンリー・ジェンキンス(欠席)(インタビュー数件)
  • マイケル・マテアス(BRUTUS PS4特集号インタビュー)
  • イズビスタ「仮想空間内でのコミュニケーションを補助する社会的エージェントの設計
  • マレー(欠席)『デジタル・ストーリーテリング―電脳空間におけるナラティヴの未来形』
  • フランク・ランツ『ルールズ・オブ・プレイ』序文
  • (以上の日本語訳の中には、非研究者が訳したために意味不明になったひどい日本語出版物も含まれています.)
  • 彼らの間には明確なライバル校関係や学説を乗り越えるというライバル意識もありますが、それが一挙にそろったのは壮観です.MIXER会場では、場所と軽食を提供したESAからのスピーチもあり、「ESAとHEVGAは協力して、全米のゲーム学位授与機関の学生数とゲームスタジオの雇用者数をオンラインで公表しました!」「ゲーム研究の成果を社会に発信していきましょう!」というアピールがありました.ゲーム研究の大使役をつとめるフェローを大量に任命し、「雇用者数」「冷静な学術研究にもとづくゲームの意義」をアピールするのは明らかに新政権を意識した広報戦略でしょう(この広報ウェブサイトについては後述します).

    日本デジタルゲーム学会年次大会での企画セッション(3月)

      GDC2017にゲーム研究の第一人者が結集したように、ゲーム研究は学会だけで行われるものではなく、開発者イベントでも発生しています.しかし日本のゲーム関係学界には、これまでゲーム研究シーンの最前線に出て行く国内の若手を支援する取り組みがありませんでした.このままでは、日本のゲーム研究者は海外のゲーム研究が生まれる場所に立ち会えず、海外のゲーム研究の現地ガイドにはなれても共同研究者にはなれないのではないか.このような問題意識から、日本デジタルゲーム学会年次大会で企画セッション「ゲーム研究のトップ会議、国際学術出版への道」を開催しました.セッション予稿はオンラインプログラムで入手できます.
      セッションに登壇した第一線の研究者の顔ぶれは、まずゲーム関連研究の重要論文を収録した Video Games and Gaming Culture (全4巻) の中で唯一の日本人参加論文の第2著者である Akiko Shibuya, そして商業出版社と学術出版社の両方でゲーム研究を出版し、大作英語論文の出版を実現した Nobushige Hichibe (発表スライド), 最後に論文検索サービスGoogle Scholarで「Game Jam」を検索するとトップ10のうち2本にランクインするアジア唯一のHEVGAメンバー、Shinji Yamane の3名です(ランキングは大会当時のものです).日本のゲーム研究の現役トップを集めて、これからのゲーム研究を担うであろう若手に対して有益なアドバイスができたのではないでしょうか.

    産学連携「ユナイテッド・ステーツ・オブ・ビデオゲーム」(6月)

      3月のGDC2017 HEVGA MIXERで発表された全米のゲーム教育機関と雇用者数データですが、それらの統計データを各州・各郡ごとに表示するウェブサイトが、アカデミー協会が選ぶWebby賞のベストウェブサイトに選ばれました(「ユナイテッド・ステーツ・オブ・ビデオゲーム」).ただの統計サイトではなく、地区ごとの国会議員のメールアドレスも表示され、それを押すと各議員に地元の学校数・スタジオ数・雇用者数データを送信できます.これはもはや国内雇用保護を主張する新政権に対する教育界と産業界によるロビー活動ツールです.日本のクールジャパン産業振興団体やゲーム産業団体も、他機関と連携して国内にどれだけゲームスタジオや学位プログラムがあるのか、調査データにもとづく戦略が必要ではないかと思わされました.

    大学ランキングの変動(地中海編)

      世界の大学は、民間機関によって格付けされランキングづけされており、毎年ランキングが変わります.世界各地のゲームの教育機関も例外ではありません.そのランキングで2017年に大きな変動がありました.これまでゲームデザイン・ゲーム開発専攻の大学トップランキングは北米の大学が独占していましたが、2017年は地中海のマルタ島にあるマルタ大学が、初登場でいきなり大学院ランキングベスト23にランクインするという波乱が起きました.このランキングは、民間業者が40項目の調査項目にもとづいて算出するものですが、HEVGA会合でも他の評価法が必要だとは議論されていました.そしてついに、評価項目に重点投資する新興国が登場しました.国際政治的背景としては、これまでカジノ産業や観光産業のイメージが強かったマルタが、マルタ自体が魅力的な投資先だと主張するための政府戦略をうちだします.そこでマルタ大学でゲーム研究をおこなっていた大学院が重点投資先になったと言えます.そしてその投資効果はめざましく、EU各地の若手研究者ポスドクがマルタに長期滞在して研究や講演を行ったり、日本でもCEDECアワードに選ばれた(だが来日しなかった)専門家がマルタ大学を訪問してセミナーを開いています.
      また研究開発だけでなく、Global Game Jamマルタ会場はIndie Game Jams共同設立人を招いてインディーゲームYouTuberがテストプレイ実況するなどインディーゲームシーンもカバーしています.政府の戦略的投資があれば、ゲーム産業がなかった国でも世界トップレベルの研究教育拠点ができることがゲーム分野でも実証されたと言えます.

    大学ランキングの変動(カリフォルニア編)

      さすがにマルタのような国家プロジェクトは巨大すぎて、日本の学術政策では非現実的で参考にならないかもしれません.そこで日本で参考になるようなトップランク外の単独大学の取り組みもふりかえってみましょう.2017年の注目大学は、まだ卒業生もでておらずランキング調査対象外になっているカリフォルニア大学アーバイン校(UCI)の取り組みです.UCIは地元にブリザードなどのゲームスタジオがあるため、2000年代にゲーム専攻をつくろうとしたことがあります.しかしノーベル賞受章者も輩出した名門校でゲームなどけしからんという学内の反対にあい実現しませんでした.その保守的な大学が十数年を経て2016年からゲーム科学の学生募集を開始します.このときはランキング上位のゲーマーに奨学金を出す制度で話題になりました.目についた変化として、地元のゲームスタジオやLogitechなどのゲーミングデバイス企業を集めて、ゲーム関連の大学イベントにスポンサーロゴがずらりと並ぶようになりました.次にゲーム学界に衝撃を与えたのが大物教授のヘッドハントです.上記HEVGAの前会長かつフェローで、大学教授のかたわらオバマ政権時代にホワイトハウス入りしたこともあるゲーム学習効果研究のステインクーラー&スクワイア教授夫妻を、二人同時に引き抜きました.そして移籍後いきなり大学の広報に登場し、看板教授になります(大学ニュース記事同ニュース動画地元新聞報道).
      特にUCIが他大学の追随を許さないのがゲーマー受験生へのアピールで、2016年度にアメリカの公立大学初のゲーム競技者を対象とした教育プログラムとしてUCIコンピュータゲーム科学専攻が募集を開始し、2016-2017年に学内eスポーツ競技場を開設します.すると早速、高校卒業してから3年間LoLのプロゲーマーだった競技者がeスポーツ奨学生としてUCIを受験し、大学生として文武両道に励んでいます.学内の競技場ではプロゲーマーのコーチングを受けられるだけでなく、大学内に高校eスポーツリーグ事務局も設置され、地元の高校のeスポーツチーム(同好会ではなく、学校が公認する高校代表チーム)のリーグ戦も運営しています.こうして学問とゲームの両方が優れた新入生のリクルートに大学をあげて取り組んでいます(ステインクーラー教授の高校リーグ広報動画).
      日本の大学スポーツ界でも陸上競技に数千万円投資する大学もありますが、国内大学の多くは人気種目の有力高校生を勧誘することと大学の研究戦略とがバラバラに進められて結びついていません.しかしUCIの場合は、トーナメント前には選手紹介ビデオが大学から配信され全校をあげて代表選手団を応援するのはもちろんのこと、代表選手は高いモチベーションでコンピュータゲームの仕組みを学ぶだけでなくゲーム研究者の実験に参加し、そして大学研究者はプロゲーマーの高い能力に触れることができるという協働体制ができています.(カリフォルニア大学の公式アスリート学生の場合、成績が落ちたら奨学金や試合出場が停止されるので勉学のモチベーションが低いとそもそも入学できない.)

    専門職大学への動き(5月,11月)

      国内に目を向けてみます.IGDA日本のウェブサイトで2017年に一番アクセス数が多かった記事は「HALが専門職大学の新設にむけて準備室メンバーを募集開始」でした.開発者団体のサイトで国内学校の記事が注目されるのは珍しいことですが、ここで注目を集める専門職大学については過去の国内報道では既存大学が専門職大学に進出するメリットが少ないと指摘され、専門学校が高度な(4年たっても古くならないような)内容を教えられるのかとも言われ、目指す理想がよくわからない構想でした.しかしその後、11月に文部科学省の説明会資料が発表され、専門職大学構想の全体像が明らかになりました.中でも「国際通用性の確保は特に重要」とされたことで、国際的に通用しない大学にはならないだろうと見込まれます.ゲーム分野においても、海外の学位プログラムとの互換性確保が重要になるでしょう.国際的なゲーム開発者教育プログラムの指針としては、10年前のIGDAカリキュラムフレームワーク2008(日本語訳はデジタルコンテンツ協会「デジタルコンテンツ制作の先端技術応⽤に関する調査研究」付録として収録)が現在IGDAの教育SIGで改訂中ですが、10年前のバージョンでもいまなおカリキュラムの作り方の参考になるところが多いので国内の学校には活用してほしいところです.

    世界基準のゲームデザイン授業の取り組み (9月)

      こうして各地のゲーム研究教育機関による世界規模の競争が進む中、世界の進歩からとりのこされまいとする現場の教員の努力によって日本のゲーム教育は支えられています.これまでそれらは単発の試みでしたが、個々の教育実践を共有することも進められています. 筆者も、Amazon.comのゲームデザイン分野でベストセラーランキングトップの大学教科書をつかって授業をしています(分厚い英語教科書を翻訳するのは採算上無理でも、ゲーム研究の成果にもとづいて書かれた英語教科書ならば、現役のゲーム研究者・博士人材であればその内容を日本語で講義できます).この授業は講義とeラーニングを組み合わせておこない、eラーニング部分は学外からも参加できるようにしました(2017年の案内).その結果、学外のゲーム開発者にも参加していただきました.特に今年度は教科書著者によるVRゲーム『I Expect You To Die』が100万ドルを超える売り上げを記録し、VR業界でも体系的なゲームデザイン教育が注目されたよいタイミングでの開講となりました. なお、筆者の勤務先では、来年度から筆者以外にゲームデザインを教えたいという教員が授業を引き継ぐことになり、著者は勤務先でゲームデザインを教えません.その代わり、各国で使われている大学教科書レベルのゲームデザイン教育を他校にもひろめていきたいと思います.関心のある先生はお問い合わせください.

    まとめ

      国家戦略から産業戦略、学校経営戦略まで、ゲーム研究教育の戦略的投資が各地で結実した1年でした. 研究に携わる者はそれらの戦略に無自覚でいることはできません. IGDAはかつて個々の教育機関の取り組みを共有し位置づけるカリキュラムフレームワークをまとめたが、今後も個々の取り組みを共有していくことが重要になるでしょう.

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