2025年3月6日木曜日

GDC2025プレビュー(後編)

前編に続き後編では,アカデミック視点から注目のセッションと産学官民連携のセッションを紹介する.

1時間でわかるゲーム研究の最新動向 

 アカデミックの観点では,ゲーム開発者向けのゲーム研究セッションに注目している. ゲーム研究からは多くの人材が活躍しているのだが,社会的にはあまり認知されていない.(たとえば奥谷海人氏が書いているように,昨年にノーベル化学賞を受賞したデミス・ハサビスは研究者であると同時にゲームスタジオで働いた経験もある「AlphaGo」「AlphaStar」のゲーム開発者だし,同時受賞したデイビッド・ベイカーはタンパク質おりたたみゲーム『FoldIt』の研究開発メンバーだ.) さて,過去のGDCのゲーム研究のセッションでもっとも成功したのは,Ian Bogost, Mia Consalvo, Jane McGonigalらが2006年から5年間にわたって連続登壇したゲームスタディーズのセッションだろう.当時の資料もGDCや研究者自身によって公開されている(GDC2006(資料), GDC2007, GDC2008, GDC2010). このようにGDCで連続して登壇できたのは,それだけ参加者からのアンケート評価が高かったことを意味する(それ以前はゲーム研究者の発表にはしばしば苦情が出ていたしたので,画期的だと言える).そして,今年のGDCでは登壇者も若手に一新されて,ゲーム研究の最新動向紹介セッション(1時間)が復活する.

「若手研究者で大丈夫か?大物教授が発表した方がいいんじゃないか?」と思われるかも知れないが,若手研究者は博士号を取得する際に過去のゲーム研究を網羅してそれらを乗り越える訓練を受ける.だから最新動向についてはその分野で博士号をとったばかりの若手研究者(ポストドクター)に紹介してもらうのが有効だ(これは国内ゲーム業界団体にとっても参考になる.CESAは大物教授に研究調査を依頼したために,海外最新動向については「目となり耳となる若手中堅世代がごっそり抜けている」ことは2022年に指摘した).

 今回発表する若手研究者たちの中で,特に知名度が高いのが英オクスフォード大学のNick Ballouだ.彼はモチベーション研究で有名なデシ&ライアンの下で学び,現在はオクスフォード大学のシュビルスキー教授(同じライアン門下の心理学者)の下でポスドクとして研究に従事している.シュビルスキー教授といえばGDCでも複数回講演したスター心理学者だが,その下でNick BallouはSteam APIを用いたコロナ禍の行動変容研究,インディーゲームスタジオとコラボしたパワーウォッシュシミュレーターのメンタルヘルスへの影響などの論文共著者に加わり,これらの研究論文はいずれも日本国内でも報道されている.さらに2024年夏には英国BBCの5分間番組「BBC Ideas」にも主演し,ゲームがメンタルヘルスに与える影響(悪いとは言えない)の研究紹介を行っている.

 最近のオーストラリアのSNS年齢規制や鳥取県青少年健全育成条例改正を見ても,「子供を新しいメディアの悪影響から守れ」という法規制の声が高まっている.だがシュビルスキー研究グループは「年齢規制には科学的根拠が欠けておりかえって逆効果になる」とかガーディアン紙の健康面で「信頼できる論文は,我々のようにデータを見る前に仮説を立てて,データと分析プログラムを公開していて検証可能です」などと丁寧に情報発信しており,信頼できる知見を得られると期待している.

UXが革新するゲーム開発者教育

 工業デザインの分野では,ずっと以前から人間の認知システムと環境との関係に着目し,人間の特性を増幅したり不利にならないようにするデザイン実践に取り組んできた.ゲーム分野でも古くは宮本茂のように工業デザインを専攻しゲームデザインに持ち込んだ先駆者もいる.そしていまゲームUX分野では,心理学博士がゲーム開発に参加するようになった.GDC2025でもUXサミットで心理学者とゲームデザインのクロスオーバーを示す講演がある.

 講演者はデジペン工科大学(Digipen Institute of Technology)が初めて雇った心理学教授で,新しいゲーム開発者教育カリキュラムを象徴する存在だ.というのも,もともとデジペンはゲーム会社がつくった専門学校で,ゲーム会社の現役開発者から教わる即戦力育成をしていた.そうしてゲーム会社と協力してきた専門学校が,新たに心理学を含む4年間の体系的なゲームデザインの学位カリキュラムを編成し,ゲームデザイン体系の一翼を担う心理学教授を開学以来はじめてリクルートした.いわば心理学者はゲームデザインを学問体系として完成させるための要素の一つだったと言える.(デジペンは任天堂アメリカとの繋がりが深いことから日本のゲーム開発者にも知られており,新カリキュラムについてはCGWorld.jpでも言及されている.)日本のゲーム開発者教育では,こうした科学にもとづくUXを体系にとりいれるのにでは遅れをとっているので,予習したい方はUXサミットの委員をつとめるセリア・ホデントによる『はじめて学ぶ ビデオゲームの心理学』やCEDEC2024での講演資料を参考にしてほしい.

 なお,このUXサミット委員のセリア・ホデントはサミットとは別の日にGDC講演も行う.

内容はフォートナイトのダークパターン集団訴訟とFTC制裁金などが予告されている.これも『ビデオゲームの心理学』にダークパターンの節があるので参考になるだろう.

政府機関・業界団体向けのワークショップ

 昨年の東京ゲームショウ2024会場内で,外務省高官がサウジアラビアの展示ブースを訪問して意見交換したことが外務省でも公式発表された.このことが示すように,国際ゲームイベントは各国のゲーム産業政策・国際経済政策が交流する場でもある.GDCでもEXPO会場では各地の産業団体のブースが並び,さらに今年は情報交換にとどまらず,EXPO期間前のGDC初日に世界各国の政府機関,業界団体関係者を対象としたワークショップが開催される.GDCでのワークショップとは,初日に半日〜2日かけてグループディスカッションや成果発表も含めた長時間のプログラムである.

ホスト役はIGDAの名物男でCEDEC2012東京大学でも来日講演したことがあるジェイソン・デラ・ロッカ,そしてノルディック地域の国際コンサルタント.話題提供するのは,ナイジェリアのHugo Obi(今年のGlobal Game Jam 2025の基調講演を日本語字幕つきで視聴可能),
その他にニュージーランド政府系団体,フランダース地方政府系団体,ブラジルのアクセラレーターと北半球から南半球までグローバルな顔ぶれだ.政府外郭団体のゲーム担当者と聞くと,お役人とかクールジャパンといった「ゲーム業界ではない人たち」だと想像されるかもしれない.だが事前プログラムの登壇者プロフィールを見ると,もともとゲーム産業だった人がキーパーソンとして政府系期間にリクルートされる場合が多いので信頼性が高い.ちなみにホスト役のジェイソン・デラ・ロッカはGDCではビジネスマッチングで精力的に活動しており,過去にはGDCポッドキャスト出演,「GDC Play」出展作のゲーム開発者にゲーム業界の目利きがステージ上でアドバイスする人気企画「GDC Pitch」の司会役でも有名で,今年も会場は満員になりそうだ.

 こうした経済活性化政策について,IGDA日本では地方自治体の産業振興については専門部会「SIG地方創生」がセミナーを開催しており,さらに国際レベルでは新しい専門部会「SIG Growth」も立ち上げ,2025年1月に『ゲーム産業における開発者人材育成の現在』,プレイベントとして2024年に「知らなかったでは済まされない、日本・世界のゲーム産業政策の現況と活用法」セミナーを開催した.この中にはGDCワークショップとテーマや地域が重複する話題もあるので予習に使えるだろう.

その他にも無数のセッションと情報交換

 その他に個人的にチェックしたいのは,IGF・GDC Award発表会,以前紹介した国連の環境問題プロジェクトとゲームスタジオのコラボの企画のリニューアル版,昨年に続く大小ゲームスタジオのニューロダイバーシティ戦略,グラミー賞を受賞した『ウィザードリィ』のゲーム音楽作曲,最終日のポートフォリオレビュー(講演の後は,学生だけでなく中途採用や他業種からの転職希望者も参加してポートフォリオを見てもらおうと長蛇の列ができる)等々,プログラムを眺めて注目セッションをあげていくときりがない

 無数のGDCのセッションすべては把握できないし,セッションが当たりかハズレかも視聴しないとわからない(このプレビューでとりあげたセッションも,実際には前評判に見合わないハズレのセッションになるかもしれない).登録料を払えば会場に行かなくても後日に講演アーカイブをオンラインで視聴できるが,参加者が発言するワークショップ形式やラウンドテーブル形式のセッションはアーカイブ配信されず,その場にいないとわからない.そこでGDC参加者は参加セッションの情報交換をよく行っている.本ブログの親組織であるIGDA日本でも,毎年GDC後の3月末〜4月上旬に企業の組織を超えた「GDC報告会」を開催しているので,現地で「当たり」のセッションに参加できた方はぜひ報告会で共有していただきたい.([PR]今年はIGDA日本メンバーも3名が登壇します.)

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