2022年11月12日土曜日

ゲーム学における最大の論争(下): ゲーム産業団体のグローバル化

主筆の山根です.
 過去記事「ゲーム学における最大の論争(上)」では,Gaming disorder(ゲーム障害,ゲーミング障害,ゲーム行動症などと訳されるが公式訳は未定)の決定的な根拠が立証されないままICD-11に収載されたこと,そして立証する者がいないまま専門家の間で統一見解が出なかったこと,それを受けてアメリカのゲーム業界団体では重要論文を速報しながら根拠にもとづく議論を求めたり,ゲーム開発者コミュニティ内では心理学博士人材が情報共有を進めていたことを紹介しました.今回は,さらに最新動向と日本の状況について展望と提言を行います.

日本がゲーム産業の国際的ネットワークから無視され始めている?

 今月2022年11月2日に,世界のゲーム業界団体がGlobal Video Game Coalition(GVGC)を立ち上げた.プレスリリースは以下の文章ではじまっている.

 

(プレスリリース原文) The world's leading video game associations today announced the formation of the Global Video Game Coalition (GVGC) to raise awareness of the positive impact of video game play on players of all ages and to demonstrate the industry's long-standing commitment to enabling players, parents and guardians to engage in responsible game play.
(日本語訳) 世界の主要ゲーム業界団体は,本日,ビデオゲームプレイがあらゆる年令のプレイヤーに与えるポジティブな影響について関心をもっていただくためにGlobal Video Game Coalition (GVGC)の設立を発表します.ここで,プレイヤー・親・保護者のみなさんが責任あるゲームプレイ(Responsible Game Play)に取り組めるように産業界がおこなっている長期的なコミットメントを明らかにしていきます.

このニュースリリースからウェブサイトのコンテンツに目を転じると,プレイヤー・親・子供の世話人に力を与える「責任あるゲームプレイ(Responsible Game Play)」のツールとして,まずコンテンツレーティングについてPEGI, ESRB, IARC, USKが紹介されている. この第一報で気がつくのが「世界の主要なゲーム業界団体」に日本のゲーム業界団体が入っておらず,上記の自主レーティングの例にも日本のCEROは出てこないことだ.東アジアからは韓国のゲーム業界団体が参加しているので,アジアが軽視されているというわけでもなさそうだ.つまりグローバルなゲーム産業の中で日本の業界団体だけが消えているかのように見える.本論の立場では,これは日本がガラパゴス状態で無視されたといった産業界の失敗ではなく,ゲーミング障害論争のグローバル化による避けられない事態のように見える.以下で解説と提言を行う.

世界のゲーム業界団体に起こった変化

 GVGCがスイスのジュネーヴを本拠にしているが,この新機関はたんなる広報機関ではなく,ジュネーヴに本部を置く国際機関,特にWHO(世界保健機構)とのコンタクトを意識して国際求人を行っている.だがこの機関はいきなり登場したわけではなく,過去の活動の積み重ねの上に起こっている.実際,各大陸のゲーム産業団体が足並みをそろえるのは最近のことで,数年前は世界のゲーム産業団体がスイスに代表を送り込むとは考えられなかった.この数年間の産業団体の取り組みを表1の年表に示す.

表1: ゲーム業界のWHOゲーミング障害への取り組み年表
DateEvent
2018/01/07 米ESA,論争論文(Debate Paper)をリンクつきで広報する
2018/03/01 欧州 Interactive Software Federation of Europe,論争論文をもとにプレスリリース声明発表
メンバー団体の構成はオーストリア,ベルギー,チェコ,フランス,ドイツ,アイルランド,イタリア,オランダ,ノルディック(デンマーク,フィンランド,ノルウェー,スウェーデン),ポルトガル,ポーランド,スペイン,スロヴァキア,スイス,UKに加え,欧州外からブラジル,米国,カナダ,南アフリカ,ニュージーランド,韓国
2019/05 WHO総会がICD-11を承認
2020/03/20 ESAカナダ,WHOと#PlayApartTogetherキャンペーンを実施.のちにカナダ国外の非メンバー企業も参加.
2022/01 ICD-11発効,2022/02に改訂,各国はまだ公式訳を出せない
2022/07/05 欧州・米国・アジア太平洋地域のゲーム業界団体が,ゲーム産業界を代表してWHOなどと会合を行うGlobal Video Game Alliance (仮称)とそのジュネーブ常駐ディレクターの求人開始 (欧州ISFEの求人)(米国ESAの告知)
2022/10/11 日本のゲーム業界の4団体合同検討会,ゲーム障害調査研究会の報告を踏まえて具体的な対応策を公表すると発表
2022/11/02 世界のゲーム業界団体がジュネーブにGlobal Video Game Coalition(GVGC)設立.

 こうして見ると,ゲーム業界がゲーミング障害について単独活動から共同活動へと進んだのは2018年初頭のことだと言える.2018年1月には米国ESAの単独声明だったが,3月には欧州・北米・アフリカ・南米・アジアオセアニアの全大陸のグローバル連携へと発展している.ゲーミング障害はアジア諸国からの圧力がかかっていたという証言もある中で,アジアは世界への説明責任が求められていた.その中で韓国のゲーム産業団体が共同声明に加わったのは意義深い.

 非英語圏もふくむ世界のゲーム業界団体が短期間で共同声明を出せたのは,ESAが雄弁だったからではなく,学術論文にもとづいているからだろう.1月のESAの声明は,国際論文誌の論争論文(Debate Paper)へのリンクをはって紹介しただけだった.だが3月のグローバル業界団体共同声明では,論文を引用した声明だ.つまり,各大陸のゲーム業界団体は学術論文を起点にして短期間のうちに合意形成している.この学術論文に基づく合意形成のスピードを日本のゲーム業界団体は経験していなかった.

日本ゲーム業界のゲーミング障害への取り組み

 これに対して,日本のゲーム業界も独自の意見表明に取り組んでいた.それは独自に学術研究に着手しゲーミング障害への自主的な取り組みを進めるものだ.表1に示すように,先月2022年10月に国内ゲーム業界団体(CESA,JOGA,モバイル・コンテンツ・フォーラム(MCF)、eスポーツ連合(JeSU))が進めているゲーム障害に関する調査・研究の中間発表が報道された.この団体にはアーケードゲーム業界団体や個人ゲーム開発者の団体,教育用ゲームの団体などは含まれていないが,日本のゲーム業界の最大勢力が結集したものだ.

 日本の方法は,ゲーム業界団体が日本を代表する専門家チームに調査を依頼するというものだ.しかし新型コロナウィルスのために全国調査を1年延長したという事情もあり,まだ終わっていない.まず2022年10月4日、ゲーム障害調査研究会が記者発表会を行った.これは中間発表に相当するもので,発表会の様子はゲーム系メディアによって以下の報道が行われている.

 日本のゲーム産業団体が依頼する研究には,海外ゲーム産業団体(および彼らが引用する学術論文の研究者)とで,以下のような違いがある.

  1. 論文誌に掲載された査読論文ではなく,未発表の調査が記者会見の根拠になっている
  2. 配布資料が長大で,要点がまとめられていない.そのため「ゲーミング障害への対策は必要」と単純化された見出しがついて,前章でのべてきたGDCや学界をまきこんだ論争がまだ続いている(根拠を立証できない)ことが伝達できていない.
  3. 海外のゲーム業界団体の声明をとりあげていないために,日系企業が日本法人と海外法人とで判断が衝突するおそれがある
このような国内外のギャップについて,順番に背景を説明する.

1. 論文が先か,記者会見が先か

 論文が公表されるまでには時間がかかる.学術論文誌に投稿したあと,論文誌の編集委員が他の専門家に査読を依頼し,それを通過して初めて掲載される.この時間が足りなかったのか,今回の中間発表では論文を出す前に記者会見している.これはやむを得ない面もあるが,ゲーム産業がこれを根拠にするのは無理がある.論文草稿も公開せずに記者会見するのは今後の論争のお手本にならないので,最終報告会では論文にもとづく発表を期待したい.

 そこで参考になるのが海外団体の流儀だ.たとえばアメリカのゲーム業界団体ESAがICD-11のゲーミング障害について声明を出した時は声明文はわずか1行,あとは論文情報とオンラインジャーナルへのリンクが主役だった.オンラインジャーナルに論文が掲載されればこうして直接参照したシンプルな声明を出せる.もしも論文掲載が審査中で報告会に間に合わない場合は,まだ採択前の投稿段階の草稿で議論が進められる場合もある.たとえば日本のような自己申告のアンケート調査ではなく「実際のプレイ時間」を使った研究が発表された場合は,採択前の草稿段階で全世界で報道されていた

2. 「ゲーム障害への対策は必要」と単純化されたメッセージ

 今回の中間発表では,報道が「ゲーム障害への対策は必要」と単純化されてしまい,なぜ論争になったのかわからなくなっている.実のところ,我々はまだその障害を理解していない(ただし各委員ごとに詳しい報道を見ると,篠原委員が「ゲーム障害やゲーム依存症といった概念を,やたらに使うことは避けるべきだろう」と解説している).そしてこれまで国内に紹介された科学者の取り組みも報道では無かったことにされている.たとえばWHOのICD-11プロジェクトに日本から参加した臨床心理学の神崎氏は2020年に以下のように報告している.

アメリカ精神医学会は、WHOがICD-11を発表した2018年にもゲームに嗜癖性があるか否かについては未だに議論の最中であると改めて表明しており、基本的に一貫しています。
  付け加えてご紹介すると、アメリカ心理学会の担当部会も、ICD-11でゲーム症/障害が新設されたことに対して、科学よりも「モラルパニック」の産物という表現で反対声明をリリースしているほか、オックスフォード大学やジョンズ・ホプキンズ大学などの研究者らは、欧米を中心とした各国から総勢20名以上の連名で論文を発表して、エビデンスの乏しさやモラルパニックの恐れなどを指摘し、ICD-11におけるゲーム症/障害の新設は「時期尚早」であり「削除されるべき」との明確な反論を提唱しています。
(福岡eスポーツリサーチコンソーシアム(FeRC)【研究者の眼】)

 もう一つの単純化されたメッセージは,対策の判断根拠だ.診察もせずに「疑いが何%あるから無視できない」といった自主規制という結論ありきの単純な報道では,失われるものが大きすぎる.「何%以下なら無視していいんですか」「もっと大きな要因がないか調べたんですか」いう検討事項が抜け落ちてしまっている.そうした報道の弊害が出ることも踏まえて,事前の想定問答を用意するなどした方がよい.

 詳しくは最終報告書を待ちたいが,すでにゲーム影響論の分野では疑い率以外のリスク分析も日本に紹介されている.たとえば心の健康に及ぼす寄与率(関与率)を比較した健康リスク研究としては,スマホの利用時間が長いほど健康に悪いという俗説に対して,根拠となる査読論文やサンプル数を示しながら「ティーンエイジャーの精神的健康の悪化と技術の関連性は、ジャガイモを食べることと心の健康の関連性と同程度」「メガネをかけていることのほうがマイナスの関連性が大きい」といったリスク要因評価が紹介されている.(スマホ利用と心の健康, 日経サイエンス 2020年4月号).今回の中間発表はそうしたリスク間の評価を行っていないため,最終報告ではリスク評価への言及が加わることを期待している.

3. 日本法人と海外法人の国際ギャップ

 上記2点の結果として,日本のゲーム会社は日本の業界団体に所属する日本法人と,海外の業界団体に所属する海外法人とでは異なる振る舞いになってしまっている.表2に現時点での違いを示す.

表2: 業界団体のゲーミング障害への取組の比較(2022/10)
項目日本の取組海外の取組
国際的な連携なしあり
WHOへの働きかけなしあり
主張の根拠有識者委員会の委託報告書多数の著者からなる査読論文を引用
ゲーム障害論争
への対応と根拠
ゲーム障害への対策が必要
(根拠となるリスク分析は不明)
(委員によって異なる)
ゲーム障害を理解するためのエビデンスが不足
学会論争での国際声明を引用
ジュネーヴに代表常駐

世界のゲーム業界団体に日本が合わせる必要はないが,日本だけは異なる文化を持っていることを示す必要はあるだろう.

過去の成功体験

  ここまで読むと日本の業界団体が問題を抱えているように思われるかもしれない.だが本論の視点では,国内ゲーム業界団体がその他の国々のゲーム業界団体とは異なる行動をとったのは,独断専行やミスによるものではない.むしろ過去の成功に基づいた合理的な判断だった.これは単純な問題ではない.

 かつて日本のゲーム業界団体は,ゲーム業界が健全な業界であることを社会に示すために,世界のレーティング機関を調査し,のぞみうる最高のレーティングのあり方について学界に調査報告を依頼したことがある.その結果は学術書として大学出版局から出版され(当時の書評記事),ゲーム業界団体とは独立した第三者機関としてのCEROの方向性を決定づけた.つまり研究チームへの調査依頼によって,日本のゲーム業界団体は当時の世界でもっとも(政治学的に)望ましい形のレーティングの仕組みを構築・説明できた.今回の専門家委員会への依頼もこうした過去の世界的な成功体験からふりかえると,合理的な判断だったと言える.(前回と同じパターンだとすれば,最終報告は学術書として出版されるかもしれない.)

グローバル対応のための提言

 いま起きているのは,日本のゲーム業界団体が間違ったことをしたわけではなく,成功にもとづく合理的な判断のために,新ルールでは世界から消えてしまうという複雑な事態だ.だがその反面,論争のどこを押さえていなかったか,どこに国内外ギャップがあるのかを特定して対応をとることは可能だと考えられる.

国内大学の研究力弱体化:
CERO設立前と2020年代では,大学の研究力が落ちており,国際的水準の研究を続けられる環境でなくなりつつある.特にゲーム研究では国内トップの研究リーダーをそろえても,その研究リーダーの目となり耳となる若手中堅世代がごっそり抜けている.この研究環境の変化を踏まえて,大学の専門チームに研究調査を依頼するには,過去の反復を超えて,単独チームではなく分野別チームを複数組織した方が確実だろう.余裕がなければ,報告書の強化材料として,本記事上記の表1,2だけでも使ってほしい.
ゲーム業界団体の産学連携の加速:
世界のゲーム企業が産学連携を進めるとともに,ゲーム業界でも博士人材が活躍するようになった(前編を参照).さらにオンライン公開される論文誌(オープンアクセスジャーナル)が速やかに活用され,論争のスピードと可視化も進んだ.これは毎日ゲームのことを考えている研究者にはいいことだが,それを報告にまとめるとなると労力がかかる.おそらく報告書よりも最新論文に基づく合意形成がこれから進み,合意形成に賛成するにせよ留保するにせよ別団体を立ち上げるにせよ,論文でコミュニケーションできる人材が必要になる.
 ゲーム業界団体は学者に1年後の報告書を依頼するよりも,グローバルな研究ネットワーク(GDC, HEVGA, あるいは個人的つながり)につながる学者との定期的な連携関係強化を進めた方がよいだろう.
CEROの制度設計の再確認
自主レーティングが重要な役割をもっていることはWHO周辺においても変わらない.そして日本のCEROが学術調査に基づいて設置されたことは当時では最先端の取り組みだった.だが,それが海外において無視されるのは非常にもったいない.あらためてCEROの今日における比較や強みを世界に説明する必要があるのではないか.
 特に(国際動向とは関係ないが)CEROは法的な影響力を持つことになった.今年の鳥取県青少年健全育成条例ではCERO Z指定が有害図書類扱いとなったために,安心してプレイできるゲームをおすすめしてきたゲーム好きのCEROボランティアが図書発禁の決定の片棒をかつがされるという心外な状況が発生してしまった.CEROはボランティアベースでありすべての要望に応えるのは難しいだろうが,ボランティアであるがゆえに理想を語れる組織でもある.CEROの理念と制度を国内外に再発信する時期ではないだろうか.

一見すると,日本のゲーム業界団体はジュネーヴに声を届ける手がかりを失ったように見える.だが,本記事で見たように日本以外の業界団体が重要論文にもとづく意思表明をするようになったのは最近のことに過ぎない.日本の業界団体もこれまでの有識者委員会報告書にもとづく自主規制を断念する必要はない.これまでの積み上げに加えて,さらに進行中の学術論争を意思決定にとりいれることは可能なはずだ.

付記: ゲームへの社会的批判とIGDA

 最後に,本ブログの本家であるIGDA(International Game Developers Association, 国際ゲーム開発者協会)の立場について説明します.IGDAは業界団体(企業の代表)ではありません.企業の枠を超えたゲーム開発者の草の根団体(grassroots community organization)です.IGDAが設立された経緯については,IGDA日本支部のウェブサイトでIGDA20周年記念講演のスライド日本語版と講演内容の日本語訳が公開されています.また,記念講演は日本語でも報道されています(【GDC 2014】ゲームの社会批判に答えるにはプロの開発者団体が必要 ― IGDAの創始者が語る20年間の軌跡).それらから,IGDA設立時の1993年当時は格闘ゲーム「モータルコンバット」が北米マスメディアで問題視され,「ゲームについて知識の無いポリシーメーカー(政治家)が法規制に走ろうとする時,専門家はどうすべきか?」という問題意識が高まったことがわかります.つまり米国のゲーム業界もはじめから社会的な活動をしてきたわけではなく,社会的な論争(特にBrown v. EMA裁判)のたびに説明責任を果たしてきた蓄積の上にいまの活動があります.

 IGDAの日本支部であるNPO法人IGDA日本が香川県条例に反対コメントを提出したのにもこうした背景があります.ゲームへの社会的批判に対して業界団体とは異なる視点から貢献できることを願っています.(なおこの文章の責任は主筆の山根にあります.)

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