2011年4月16日土曜日

2010年度のゲーム研究を振り返る: つながるゲーム研究

2010年のゲーム研究を振り返ると,ボーダーレス化が進んだという個人的な印象がある.ゲーム研究は多くの分野にまたがるために研究の中心も分散している.このために自由度が高いとも言えるし,研究アジェンダを放棄して内輪受けに走っていると批判されることもある.しかし個人的な印象ではあるが、2010年はゲーム研究の分散だけでなく接続も促進された一年だった.たとえば普段は見向きもされないゲーム研究がある日注目され,研究者以外の広い層を巻き込んだ議論がネットで続く,という現象が見られた.


本記事では,こうした昨年のゲーム研究シーンの中から,個々の研究が学会の外へと広がり大きな流れを生み出した事例を振り返ってみたい.(なお,念のために断っておくが,学術的な論争や批判は相手を叩くためのものではなく,お互いの仮説の妥当性を検討するための共同作業である.本記事も個人や組織を批判するものではなく,学術的な営みを紹介するものであることをお断りしておく.)

「から騒ぎ」論争(3月, 心理学領域)

ゲームの暴力性は定番とも言える研究テーマで,暴力的なゲームがプレイヤーの行動に対してどの程度影響があり,どの程度ばらつきがあるのかという推定はメディア心理学で多くの蓄積がある.その流れの中で2010年3月にPsychological Bulletin誌に"Violent video game effects on aggression, empathy, and prosocial behavior in Eastern and Western countries: A meta-analytic review"が発表された.この論文は,個別の実験結果から国際的なメタ分析を行っている点が注目された.この研究には日本からも著書『テレビゲームと子どもの心』で知られる日本デジタルゲーム学会の坂本副会長やDiGRA2007組織委員会の渋谷委員ら国内のゲーム心理学の第一人者が共著者として名を連ねており,またメタ分析の手法が洗練されてそれ以前の日米比較などにくらべてさらに第三者の検証が可能な共同研究になっているという印象を持った.
その一方で,この学会誌には批判的なコメントも同時に掲載されていた.それがシェイクスピアの演劇の題名「から騒ぎ(Much Ado About Nothing)」をそのまま使った,"Much Ado About Nothing: The Misestimation and Overinterpretation of Violent Video Game Effects in Eastern and Western Nations: Comment on Anderson et al. (2010)"である.この誌上論争については,日本でも一部紹介されている.(たとえば「毒というよりはピーナツバターみたいなもの:暴力的テレビゲームの言い分」).ここで述べられているように,この誌上論争は検証の手続きの妥当性を問うだけでなくなぜゲームの暴力性について多くの研究が出るのかという構造についても触れている.
さらに論争だけでなく関連文献まで触れたディープな紹介としては,ゲームの心理学を研究している大学院生によるまとめ「Much ado about details: violent video game effects in Eastern and Western nations and the back and forth comments」がよくできている.
一連の議論を見ると,アメリカ国内の研究者は,最高裁で審議中のゲーム規制法案の違憲裁判を意識していることがわかる.ゲーム規制法案違憲裁判については,原告団に加わっている業界団体ESAの最高裁ページがよくまとまっている.(なお本ブログの親団体であるIGDAは解説記事を掲載するだけでなく「ゲームは現代における重要なメディアであり,言論の自由が守られるべきである」という原告側の参考意見を提出して上記ESAのページで公開されており,本記事もこの立場に近いことをお断りしておく.)

「脳トレ」効果に疑問 (4月 ネイチャーその他)

4月にはトップクラスの科学誌Natureに,脳トレの効果に関する論文"Putting brain training to the test"が掲載された.これは日本でも広く報道され,さらに以下の脳研究者による詳しい紹介も公開されているのでご存知の方も多いだろう.
本ブログでも以前ゲーム脳騒動について書いた時に脳トレの科学的根拠について触れたが,実際に第三者による大がかりな追試が行われたことになる.
上記記事にもあるように,脳研究者にはこれをきっかけに学術的な検証がさらに進んでほしいという期待もあった.ただし現状では学術的な検証よりも幻滅や反動の方が大きく, 追跡検証どころではないようだ.たとえばこの後に出版された一般書『錯覚の科学』や教科書『脳神経科学リテラシー(第14章 広告利用:脳トレ広告にみる脳神経科学言説の信頼性)』といった書籍をみると,脳機能をより精密に解明していこう方向よりもむしろ「ゲーム会社に騙されるな!」というゲーム産業による広告からの消費者保護の風潮が強まっている印象がある.
まるで一年間で脳トレは産学連携の成功例から失敗例に転落してしまったかのようだが,脳科学に限らず科学的な学説とはそもそも絶えず検証し続けていくべきものである.今後はゲームのつくり手の側にも,科学的な知見をただ仕入れてゲームの中で使うだけでなく,仮説を絶えず検証していく科学の営みとともに進むことが求められるだろう.

違法複製ゲームソフトの被害額推定 (6月-)

6月,CESAが東京大学に依頼して作成した「違法複製ゲームソフトのダウンロードに関する使用実態調査」が報道された.これは学会で発表されたものではないが,マジコン被害額は約3兆8,160億円(年間約6,360億円)という試算は報道機関を通じて広く報道された.
この被害額の推定方法は,大手の違法ダウンロードサイトのダウンロード数表示をもとに違法コピーの総数を推定し,非ダウンロード販売の定価から被害額を試算するというものだ.この手法はiTunesが登場する以前にCD業界がやっていたファイル共有の被害額算出方法と近いもので,音楽業界ではこうした被害額の算定方法の有効性について議論が行われてきた。しかし,国産ゲームを対象とした試みは産業界からは出されたことがなく、特に世界規模の推定を試みたものは前例がない.
その後、この推定については国内でもニコニコ生放送『MIAU Presents ネットの羅針盤』「模倣品・海賊版拡散防止条約 (ACTA) がヤバい」で異論が出されている.またMIAUはこの後も緊急声明を出すなどしてマジコン規制後のサービスについて積極的な提言を続けている.
なお言い添えておくと,この報告書は単純に法規制強化を唱えるものではない.当時にセキュリティ投資についても言及しており,この報告書から法規制強化だけを唱えてセキュリティ投資戦略を唱えないのであれば,被害への対策としては一面的すぎるとも考えられる.

国際会議の全世界中継: IEEE-CIG (8月)

ゲーム研究でも一昨年あたりから国際会議のネット中継が試みられるようになったが,特にライブ動画中継には配信チームが必要であり,非営利の学会ではなかなか実現が難しい.その中で昨年特に印象に残ったのは,ゲームAI系のIEEE Conference on Computational Intelligence and Games(IEEE-CIG)の2010年大会のネット中継である.
会場となったデンマークIT大学(ITU)にはヨーロッパのゲーム研究拠点の一つであるコンピュータゲーム研究センターがあり,これまでにもゲーム研究の講演動画を配信してきた.そしてこのIEEE-CIGでも,主会場で行われた発表の動画が公開されており,たとえば「CIG 2010 - Game Mining」の録画では一昨年に紹介したEverQuest IIのログ解析の続報があり,論文とあわせて視聴することができる.
ただし主会場の外で開催されたゲームAI対戦などのセッションは残念ながら中継されなかった.そちらのゲームAI対戦については昨年の本ブログでも紹介したが,IEEE-CIG2010年でも立命館大学知能情報学科のチームが2位と3位に入る健闘を見せでいる.さらにIEEE-CIG BotPrize2010優勝チーム,スペインのConscious Robotsは認知科学にもとづく野心的なゲームAIを提案しており,格上の存在感を見せた.その解説がAiGameDev.comに掲載され,さらに一流誌『サイエンス』でも紹介された.ゲーム研究が『サイエンス』に掲載されるのはあまり見られないことだ(ゲーム研究ではないが,ゲーム教育については展望が掲載されている).

終わりに

ここまで見たように,2010年は個々のゲーム研究が単発で終わることなく,長期的社会的な流れを作り出すような動きがあった.ゲームに関する知見はこれまで以上に社会的な意味を持ちはじめ,研究者集団にとどまらない社会的なネットワークを形勢している.2011年度もゲームについての知見や仮説がさらに広く共有されることを期待したい.

1 件のコメント:

  1. 上記記事の連邦最高裁での判決が6月27日に下され、カリフォルニア州法は憲法違反と判断されました。
    ワシントンポスト紙ブログ記事「最高裁が違憲判決:もっとも暴力的なゲームはどれ?」
    http://www.washingtonpost.com/blogs/blogpost/post/supreme-court-rules-violent-video-game-ban-unconstitutional-what-is-the-most-violent-game/2011/06/27/AGFPrYnH_blog.html
    NPRコラム「It's A Duel: How Do Violent Video Games Affect Kids?」心理学者へのコメントもあり。
    http://www.npr.org/2011/07/07/137660609/its-a-duel-how-do-violent-video-games-affect-kids

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