2009年10月1日木曜日

AIIDE09 プレビュー

AIIDE(Artificial Intelligence and Interactive Digital Entertainment)という学術会議をご存知だろうか.
AI研究のトップレベルの学術組織であるAAAI(Association for the Advancement of Artificial Intelligence)が毎年開催している大会で,ゲーム産業と学会のコラボレーションとしてはもっとも成功している会議の一つである.


AIIDEは企画準備段階からゲーム産業の声を反映している非常に稀な学術会議で,たとえば2009年のAIIDE大会委員の顔ぶれは,組織委員会に Maxis, Blizzard, Zynga の研究者が名を連ね,プログラム委員会にも有名なゲームAI開発者やゲーム企業を兼務している大学の先生が数多く参加している.これはハイテク分野では珍しくないが,ゲーム分野の中では非常に大胆に見える。たとえばゲームAIをテーマにした国際会議としては他にIEEEのCIG(IEEE Symposium on Computational Intelligence and Game)があるが,CIG2008, CIG2009の組織委員会やプログラム委員会のほとんどが大学関係者なのに比べるとAIIDEの産学連携体制は突出している.(ついでに言うと,組織委員会に開催校の人間が入っていないところもゲーム研究の大会では珍しい.これは研究者の手弁当で学会を運営しているのではなく,運営のプロが現地の裏方として委員会を支えていることを意味している.いいなあ.)

AIIDEの過去の論文はAAAIによって無料で公開されており,それを見るとたとえば2009年発売の「Dragon Age」(Bioware)の論文が2007年のAIIDEに投稿されるという加速現象も起こっている(これには開発が当初の予定よりも遅れたという事情もあるが).

このように,AIIDEはゲームAIの分野のみならず,ゲーム研究全体の中でも成功した学術会議だと言える.
今年で第5回を数えるAIIDE09が今月10月に開催されるので,以下ではウェブサイトを見ながら目についたところをコメントしてみます.(多くの方々のコメントを歓迎します.)

3 件のコメント:

  1. AIIDEは国内の研究者にはあまり知られていないのではないかと思います.
    たとえば,学術的なインパクトのある学会ランキング上位にはAIIDEはランクインしていません.
    http://www.cs-conference-ranking.org/conferencerankings/topicsii.html

    たしかに,他の論文から引用される回数を集計すると,AIIDEでの発表は引用数が少なく,注目度が低いように見えます.
    しかしこれは当たり前で,そもそもAIIDEは多くの論文を生み出すような論文を募集していません.
    論文募集を見ると,投稿論文は技術的なメリットだけではなく,研究者と商用ゲーム開発者との両方につながっていることが評価されるとあります.
    http://www.aiide2009.org/AIIDE09-CallForPapers-Final.pdf

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  2. 学術界と産業界のAI研究者とが集まるAIIDEには,AI関連の幅広い発表が行われる(たとえば日本からもロボティクス分野の発表があり他国にはない独自の存在感を出している)が,やはり近年で目につくのはゲームAIの発表である.

    ただし今年のAIIDEの顔ぶれは,これまでとはやや異なる.Industry(産業界)の論文発表が減少し,スター級の開発者の発表も減り,また新顔の発表が増えたという印象がある.これはゲームAIミドルウェアの発達によってゲーム産業の中でゲームAIがデファクト化していること,そして新たな研究拠点の活躍によるところが大きいだろう.

    第一線の研究者の仕事にはサイクルがあって,たとえば「口頭発表〜論文発表〜タイトル発売〜書籍や教科書に収録」といった順番で一つの研究の成果を発展させながら次世代標準へとつなげていく.ゲームAIの場合も,たとえば常連組のNathan Sturtevantなどは「春にGDCで発表〜秋にAIIDEに投稿〜冬にAI Programming Wisdomに収録〜タイトル発売」というサイクルで発表している.今回はそうした常連組がこれまでの仕事を発展させたような発表はそれほど目立たず,新顔の発表が多い.

    特にアジアではシンガポール勢の発表数が目立っている.CEDEC2009での発表にもあるようにゲームAIを研究できる拠点は世界でも限られているのだが,国家戦略としてゲームの研究機関や開発拠点を誘致してきたシンガポールでゲームAI研究に取り組む高度専門家人材が育っているようだ.

    また,かつての大学院生が学生を指導できる職につき,新たな研究グループをつくっていることもうかがえる.たとえばArnav Jhalaは院生時代にAmerica's Armyの開発者を経験し,その後コペンハーゲンIT大学を経て現在カリフォルニア大学サンタクルーズ校に着任しており,AIIDEに複数の発表を送りこんでいる.

    授業で作ったゲームが話題を集めた研究者もいる。たとえばポスドク中に大学でゲーム開発科目を担当し,その中でAI対戦ゲームN.E.R.O(Neuro-Evolving Robotic Operatives)のクロスプラットフォーム開発を行ったKen Stanleyも指導教官として登場する.

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  3. AIIDEでは過去にもWill Wright(発表スライド)など豪華な招待講演が開かれたが,AIIDE09でも連日の招待講演がある.その中で個人的に興味深いのは,Michael Mateasの「ゲームAIのPhotoshop」とPaul Tozourの「AIから見たゲームデザイン」だ.

    Michael MateasはDiGRA2007で来日してゲームのパターン,タイポロジー,オントロジーのパネルで登壇したのでゲームデザインの研究者はご記憶かもしれない。元々はコンピュータサイエンス出身なのだが,ゲームAIからゲームデザインパターンの発表までこなす守備範囲の広さが印象的である(いま発売中のBRUTUS10/15号(p.39)にも登場していた。やはり彼が載るとインパクトがある).彼が話す「ゲームAIのPhotoshop」は,彼の研究の話ではなくゲームAIコミュニティが今後向かうべき動向についての話である.このテーマはもともとGDC09のAI Summitでの“Photoshop of AI”パネルで掲げられたもので,その後国際会議FDG09でもDamian Islaが招待講演"Next-Gen Content Creation for Next-Gen AI"(発表スライド参照)でフォローアップしており,さらにAIIDEに場所を移して全米のゲームAI研究者に今後の研究テーマの方向性を示すものとなるはずだ.

    一方,Paul TozourはAI Game Programming WisdomGame Programming Gemsにいくつか決定的な解説記事を寄稿する第一線のゲームAI開発者だったが,その後ゲーム開発者を引退してMBAに進学するというユニークなポジションにいる。彼独自の視点から,ゲームAIをゲーム製作のより大きな視点からとらえ直すのではないかと期待される.

    どちらの発表テーマにも共通する点は,ゲームAIの位置づけを変えようとするところにある.これまでゲームAIは技術ドリブンで,ゲームの面白さとは別の文脈で語られることが多かった.それに対して,ゲームデザイナーが操作できるゲームAI,新しいゲームデザインをもたらすようなゲームAIが必要だという認識は多くのゲーム開発者が共有している.これらは講演なので他の論文発表のように論文が配布公開されるわけではないが,注目すべき動向を示している.

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