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2011年1月5日水曜日

IGDA Education Connect: IGDAの2011年の新たな取り組み

アメリカのIGDA本部では,2010年から新体制になり,これまでの組織の見直しを行っている.アカデミック分野でも,これまでボランティア主体でやっていたプロジェクトが職員が担当する公式なプロジェクトになるといった変化が起きている.
この変化は,これまで基本的に開発者個人を支援する団体だったIGDAが,公共教育における社会的な役割を求められていることも意味する. 以下,本記事では2011年に新たに告知されたIGDAの取り組みについて紹介したい.

2009年9月8日火曜日

「個人の力」とそれを実現させる社会的インフラ

SIG-INDIEの世話人の一人である、芝浦工業大学の小山です。
工科系の大学にいますが、専門は経済学です。よろしくお願いします。

同人・インディーズという、個人もしくは少人数ベースでのゲーム開発についての研究会と関わっています。近年のインターネット環境の整備で急に注目されるようになったこの分野ですが、実は古い歴史を持っています。

私自身、ゲーム産業の発展史を経済学的視点でまとめていく中で、これからの産業のあり方、産学連携のあり方を考えていきたい、と考えています。

今回は、日本でのPC黎明期のインディーズゲーム(という名前すら無かった時期ですが)のことを書いてみます。

ゲーム開発で一攫千金、というとは昔も今も変わらず抱いている「夢」の一つだと思います。

しかし、必死に開発した[夢のたまご」であるゲームも、人々の目にとまり、手にとってもらわないと最初の一歩すら踏み出せません。「夢」を実現させる社会的インフラが必用です。

日本の場合、最初期の社会的インフラは『マイコンBASICマガジン(創刊:1982年7月号)』のようなPC雑誌と、パソコンショップやゲーム企業が行うゲームコンテストでした。しかし、ゲームコンテストは決して順風満帆ではなかったようです。どの業界・どの業種でも、黎明期には有象無象、海千山千の人間がうごめきます。そこでは、詐欺行為などの不正もはびこります。

1982年の日経産業新聞に、そのことを伝える記事がありました。関係箇所を抜粋してみます: