2011年11月11日金曜日

ゲーム教育の大学間競争 (下)

前回の記事では,北米の大学および大学院での高度なゲーム教育プログラムが増えていることを紹介した.今回の後編では,各地の大学の取り組みと日本からの参加について解説する.

大学ランキングの社会的な影響

前回の記事では,ゲーム専攻の進学ガイドが出版されるだけでなく,格付け機関によるゲーム専攻ランキングが毎年発表されていることも紹介した.
大学と協力関係にあるゲーム企業の側もこのランキングを利用しており,たとえばUSC(南カリフォルニア大学)に講師を派遣しているゲーム関連企業のウェブサイトでは「USCが連続1位を受賞」と掲示され ,トップスクールに教員を送り出せる実力をアピールしている.
この大学ランキングは受験生の人気ランキングや偏差値ランキングとは異なり,総合的な項目で評価される.たとえばすぐれた研究をしている教員が退職すれば,大学への評価も変わる.実際,MITのプログラムディレクターだったHenry Jenkins教授がUSCに引き抜かれて話題になったことがある(Gamasutraの報道)が,最新ランキングでは引き抜いたUSCが連続トップとなっただけでなく,MITは大学院トップ10のランク外に落ちてしまい,編集者の推薦枠で復活している.このように北米のゲーム専攻においては,名門校のブランドとは無関係に実力が評価されていると言ってよいだろう.

ランキング以外の評価: アクレディテーション

上記の大学ランキングは学術面,教員の質,教育設備,社会に出てからの活躍という4項目を総合的に評価しているが,大学の評価基準はほかにもある.この他にも教育カリキュラムや授業内容を第三者機関に提出して,その教育内容が一定の水準を満たしていることを認定してもらう制度もある.これは「アクレディテーション」と呼ばれており,ランキングをつけるのではなく一定のレベルの教育を教えているかどうかを判定するものだ.
アクレディテーションを使う具体的な例としては,大学院進学があげられる.たとえば,ある大学でゲームを専攻して,他の大学院に進学すると,大学院側では元の大学での教育内容をチェックする必要が生じる.そして実践的な教育をしている大学を出ると,職業訓練校と同じ扱いになって大学院に進学できない可能性もでてくる.そこで第三者による判定が参考になる.
実際に,『ソフトウェア開発者採用ガイド』などの著作が翻訳されているJoel Spolskyの電子掲示板で,「コンピュータが好きな息子がデジペン受験を希望しています」という相談に対して「デジペンはコンピュータ専攻のアクレディテーションをとっていない」(the school is not regionally accredited like most universities)「デジペンを卒業してもコンピュータ業界では大卒とみなされない可能性がある」といったコメントが寄せられている.
このように「有名な教授がいる」「有名な卒業生がいる」「就職率が高い」というだけでなく,『他大学にも進学できる」「海外や他大学でも通用する」といった評価も下されるのが北米の現状である.そして大学側も多面的な評価に耐えるようになっており,たとえばトップ校のUSCであれば,ゲーム専攻でありながらアクレディテーションを得たコンピュータの学位を取得できるようなカリキュラム設計が工夫されている.

北米を追いかける国々

これまでに見たアメリカでゲームの高等教育がはじまったのはこの10数年のことで,実はゲーム業界をめざす若者のための専門学校教育はアメリカよりもイギリスや日本の方が古い.そして,専門教育の内容が産業界のスピードに追いついていないことがイギリスや日本の人材育成に共通して指摘されている.
「特に気がかりなのは、英国には80以上のゲームコースがありながら、現在のゲーム業界が必要としていることをまるで教えていないという悲惨な状況だ。英国で今教えているのは、カナダで5年前か10年前に教えていたことだ。英国でゲームを学ぶのは業界でキャリアを築くための最短コースでない、というのが現実だ」(Basarab氏)
日米に迫るカナダゲーム産業--英国を凌ぐ第3の勢力になった理由を探る(後編)(2007)
このようにかつてはゲーム教育先進国だったイギリスも,北米に追い抜かれて教育内容の刷新が求められている.これは前回の記事で紹介した「専門学校生が教わっている内容のレベルがあまりに低くて驚いた」というCEDEC2010での指摘と共通している.特にイギリスでは,専門学校・短期大学・工業大学を大学に格上げする改革が行なわれたために,日本以上に大学間で教育の質のばらつきが大きい.この対策として,イギリスでは大学のゲーム専攻を第三者機関が審査するアクレディテーション機関が設立されている.Develop誌によれば,いくつかの大学のゲーム専攻がすでにアクレディテーションの認定を受けているようだ.イギリスでは大学を出たというだけでなくどの大学でゲームを学んだかが重要になりつつある.
これに対して日本では,理工系の大学・専門学校の教育の評価として,日本技術者教育認定制度(JABEE)のアクレディテーションが行なわれている.情報処理学会アクレディテーション委員会のページの記述によれば,コンピュータ関連の学部では国内でもアクレディテーション取得が進んでいるようだ.しかしゲーム関連でこうした制度に向けた動きは2011年時点ではまだ見えていない.

日本からの参加

ここまで国際的なゲーム教育の動向を紹介した.前回の記事で名前をあげた日本の学校もこうした国際競争から無縁ではなく,教育改革を進めていくことだろう.しかし新しいゲーム教育カリキュラムが整備されるのを待てない,いますぐに先進的なゲーム教育を受けたいという若者は何を目標にすればよいのだろうか.以下では解説からさらに一歩踏み込んで,私見を交えて考えてみたい.

本ブログの親団体であるIGDAは,ゲーム開発者の立場からゲーム教育を支援している(IGDA Education SIG Interview).特に学校選びに参考になるのが,ゲーム開発者が学ぶべき教育カリキュラムの見取り図である「カリキュラム・フレームワーク」だ.これは前回の記事で紹介したように日本語訳もされているので,大学の教育内容の判断材料に使うことができる.たとえば学校説明会で「IGDAのゲーム開発者教育のためのカリキュラムフレームワークを参考にしているか」と尋ねて明確な回答がある学校は教育プログラムが充実している可能性が高い.(すでに複数の国内大学では教育カリキュラムを組むのに参考にしている実績がある.ただし,一つ前のバージョンに基づくもので,ノベルゲームなどを含む最新バージョンのカリキュラムをとりいれた国内のゲーム教育事例はまだ当方も把握していない).

「大学説明会でゲームを展示していたのに入学したらゲームの専門科目がなかった!」とモチベーションが下がっている学生・大学院生もいるかも知れない.しかし学校を諦めてしまうのはまだ早い.ゲーム専攻がなくても海外交流に熱心な国内の学校では,アメリカ/カナダの大学・大学院と交換留学協定を結んでいるところがある.それらの提携先にランキング上位校が含まれている可能性がある.
一般的な海外交流情報を発信している国内大学としては,大阪大学の海外留学(派遣)情報のページや東京大学工学部の交換留学のページが充実している.自分の学校と協定を結んでいる海外の大学が,ゲーム教育ランキングの上位校にはいっていたり,前回紹介したGame Developer誌の無料別冊ガイドブックに掲載されていないか調べてみよう.

この他にも,大学が学生・社会人向けに提供している短期講習でゲームおよび関連領域に取り組むことができる.たとえば夏休みの語学留学はよくみかけるが,同様に夏休みに開講されるゲームのサマープログラムも存在する.たとえば音楽教育の名門であるバークリー音楽院では,ゲーム音楽のコースを通年で開催しているだけでなくサマープログラムを実施している.これはゲーム音楽の歴史からミドルウェアやプラグイン実装までカバーするだけでなく,受講者によるセッションやNobuo Uematsuほか夏休みだけの特別ゲスト講師を迎えてきた内容で知られている
また,国内ゲーム企業の中でも研究を仕事とする部局では,高度な研究を行なうために企業につとめながら社会人学生として大学院に通って博士号を取得した実例もある.

グローバル化する産学の交流

企業が新入社員に求める教育水準は年々高くなっていく.宮本茂も「もし私が今日、任天堂を受けたいと思っても私の大学の学位では採用されなかったでしょう」と認めるほどにトップ企業が求める学位レベル(あるいは学歴ブランド)は高くなっており,同時に海外でゲーム教育を受けてきた留学生を採用する企業も増えている.こうした厳しい就職状況の中で,若者が学校にいる間に何を学ぶのかが厳しく問われる時代になっている.

学生の教育だけでなく,先端的な研究に取り組んでいる研究者にとっても世界的な競争が起こっている.これまでゲーム研究は国内では大型予算がつきにくい分野だったが,そのかわりに国際的な協力体制での研究がはじまっている.大学のグローバルな展開には様々な形態があり,たとえばカーネギー・メロン大学ETCのように日本企業が海外の大学と共同研究を進める場合もあれば,日本の研究者が海外の企業と共同研究を進める場合もある(たとえばMicrosoft Researchの国際的な研究公募分野にはKinnectに限定されないゲーミング分野が含まれている).
研究教育機関としての大学でも十年前のゲーム教育ではなく近年のグローバルな学校間競争を踏まえた体制が求められているといえるだろう.

おわりに

高等教育におけるゲームの位置づけはこの10数年で大きく変化した.世界的な先進校が質の高い教育を実現する一方で,学校間の教育内容にばらつきが生じ,学校の教育内容の評価がより重要になってきている.またIGDAのカリキュラムフレームワークもさらなる改訂に向かう動きがある.これまでのゲーム産業を支えた人材育成の延長線上で人材を育成すべきか,それとも過去のゲーム産業が必要とした人材像よりもさらに大きな枠組みを設定すべきなのか,議論は尽きない.
学生も社会人も,将来のゲーム産業を知るには,いまの学校で試みられている人材育成から無関心ではいられないのである.

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