2015年2月19日木曜日

GDC15 アカデミック・プレビュー

世界最大のゲーム開発者の国際会議,GDC(Game Developers Conference)が今年は3月第1週に開催される. 我々IGDA日本も告知協力を行っており,さらに本記事ではアカデミック関係(教育・研究)の観点からプログラムを紹介したい.

産学交流の場として

GDCはゲーム産業における産学連携の場として重要な役割を果たしてきた.特にGDC2002で開かれた「IGDA Academic Summit」はその後のIGDAカリキュラムフレームワークやEducation SIGの立ち上げだけでなく,IGDA日本の立ち上げに大きな影響を与えている(新清士「ゲーム産業と学術研究機関の関係」参照).
その後,ヨーロッパ発祥のDiGRA世界大会, 小規模会場での開催にこだわるGDCSE(のちのFDG),あるいは人工知能のAIIDESIGGRAPHのように分科会から発展した専門性の高い国際会議など,特色ある 学術会議の種類も増えてきた.GDCはそれらの国際学会のように専門家が最先端の発表を競う場ではないが,その一方で,それらの専門分野ごとの集まりでは出会えない業界を越えた交流の場所としてGDCは機能している.



GDC Education Summit

アカデミック関係者の中でも教育関係者がまず参加すべきなのが,前半のGDC Education Summit. このGDC Education SummitはGDC2013からはじまったゲーム教育・人材育成に関する集中セッションである.

HigherEdGames

このサミットはIndependent Games Summitと重なっていてどのセッションをとるか悩むのだが,まず初日夕方の「HigherEdGames」セッションに注目.これはアメリカ初のゲーム教育に関する高等教育機関の全国組織であるHigher Education Video Game Allianceのたちあげに関するセッションだ.
 この組織は業界団体ESAが出資しているが,役員に産業界の人材は入っておらず,大学(または大学院)でゲーム開発やゲーム研究を推進する現役大学教授によって構成されている.たとえば Journeyの開発者が最大の謝辞を捧げるトレーシー・フラートン教授,オバマ政権のスタッフをつとめたコンスタンティン・スタインクラー准教授,デジタルシティ京都などに参加し米国外の研究シーンにも詳しいキャサリン・イズビスタ准教授など実績ある現役教授が並んでいる.その一方で,一般会員は日本の学校関係者でも参加できる.ゲーム教育者によるゲーム教育者の組織だ.
 これまで全米でどれだけのゲーム開発者教育・ゲームデザイン教育が行われているのかという規模ははっきりしておらず,業界団体ESAが全米の学校ウェブサイトを調べた調査集計しかデータがなかった.だがこうして全国組織ができたことでGDCでもそのくわしいデータが発表される予定だ.これにより,北米の学生はゲームをどの専攻で何年かけて学ぶのかをさらに深く考えることができるだろう.
 また,この機関は教育機関の相互交流を促進するだけでなく,首都ワシントンでゲーム研究をプロモーションする団体としての性格も持っている.たとえば昨年,アイビーリーグのエール大学で若者の薬物乱用を防止するためのゲームが開発された.この記者発表の末尾で,くわしい情報の参照先としてエール大学の開発チームのウェブサイトと並んで,HigherEdGamesのウェブサイトが掲載されている.このように,ゲーム研究機関の最新動向マスコミに提供する取材窓口としても活動をはじめている.
  このHigherEdGamesの役員はEducation Summitのスタッフとも一部重複しているため,夕方のサミット終了後にそのまま移動してレセプションに参加でき,インフォーマルな学術交流が進められる予定だ.

受講者数万人のゲーム学講義

月曜日午前中の注目は「Encouraging Engagement in Large and Extra, Extra Large Courses」(超大規模科目での参加意欲を高める).これはカナダのアルバータ大学が,地元企業Biowareと協力して受講者が数万人のゲーム教育を行った報告である.これはインターネットを使った大規模公開オンライン講座(MOOC:Massive Open Online Course)で,この科目を含むアルバータ大学のゲーム教育については,昨年の記事「大学講義のオープン化とゲーム開発者教育」でも紹介している.
 この手のオンライン授業ではゲーム関連の科目で修了証がもらえるプログラムはドル箱になっているが,受講者のやる気を一学期間維持するのが難しい.そのあたりの仕組みを聞いてみたい.

産官学の国際連携報告

次はSummit2日目の「How a Group of Academics Came Together to Improve Ireland's Institutions and Industry」(アカデミックグループがどうやってアイルランドの教育機関と産業に貢献したか).これは米国がアカデミックなゲーム開発者を海外に長期間送りこんだ報告だ.
発表者は,ブレンダ・ロメロ.本ブログでは,過去にGlobal Game Jam 2012の基調講演で,パートナーのレジェンド開発者,ジョン・ロメロと並んで登場している.
 彼女は自らのルーツであるアイルランドについて学べるボードゲームを作ったことがある.この経緯はTEDxPhoenixで日本語訳も紹介されているが,この当時は家族内でのゲーム開発に止まっていた.だがその後,政府にコネもないゲーム開発者にアイルランドとの国際交流の白羽の矢が立つことになる.
  米国のフルブライト財団はアカデミックなリーダーを海外から招いたり,海外に派遣したりする交流事業をすすめている.その中で,ブレンダが採択されたのは,米国の専門家を海外に最大6週間派遣するFulbright Specialist Programである.このプログラムにアカデミックなゲーム開発者が採用されたということは,米国がこの研究領域での国際的なリーダーシップをとる姿勢を示している.
 このフルブライトの制度でアイルランドに長期滞在した彼女は,政府団とともにアイルランドの産業界や大学の指導者と面会し,特にアイルランド各地の大学院のカリキュラムについて助言を行っている.今回のGDCでの発表では大学4年間の教育だけでなく,さらに先の大学院レベルへの取り組みが報告されること期待している.
 ちなみに,上記アイルランド政府の広報写真でブレンダと一緒に大臣を囲んで写っているが,ジョン・ロメロ.実は彼も「第2のハネムーン」として仕事を休んでブレンダの長期滞在に同行していた.豪華すぎる付き添い人である.
  この他にもEducation Summitでは,ビデオゲーム博物館をつかった授業実践報告,オーディオデザイン教育報告など日本ではまだまだ足りない教育実践についても多くの報告が登場する.


eSportsサミット

Education Summit以外にも注目すべきサミットは多く,Ingress報告やZyngaポストモーテムがあるナラティブサミットなども興味深いが,企業では(利益を生まないので)できないアカデミックな研究者ならではの発表として興味深いのは,eスポーツ社会学だ.
  eSportsサミットのセッションの一つ「Carrying Through College: The Current Climate of Collegiate eSports」(大学でのeスポーツの現状)は,大学院の学生が行った大学eスポーツ調査についての最新報告が行われる.共同発表者として,プロゲーマー研究書を出版したゲーム社会学の第一人者,TL Taylorが指導教官として名を連ねている.(彼女はヨーロッパで博士号をとったあとアメリカに移り,いまはMITの比較メディア研究の准教授とMITゲームラボの教員を兼務している.)

 日本でも箱根駅伝に見られるように,大学の人気スポーツは社会的経済的な動員力を発揮している.アメリカのカレッジスポーツはさらに極端で,大学が自前のスタジアムを持ち,カレッジスポーツへの投資が巨額の収入を生んでいる.その結果,昨年2014年には「スポーツ奨学金を得ている学生選手は、連邦法で労働者と認められる」という判断まで出て,現在まで学生選手の労働環境についての議論が続いている.
 こうした学生スポーツは社会学や経済学の研究対象になりうるが,eスポーツの学生選手についてはこれまで調査が行われてこなかった.そのため,今回の大学院生による調査には初公開の知見が多く含まれている. 特に最近は,高校生ゲーマーを強化選手としてリクルートし,奨学金を出す大学が大々的に報道されたことで大学出身のプロゲーマーへの注目も集まっている.こうしたホットな研究に出会えるのもGDCの魅力だろう.
学生選手がプロリーグに参加するには大学を退学しなければならないのかという論争まで起こっており,この時期にeSportsサミットが開催されるのはよいタイミングだ.


レギュラーセッション紹介

サミットは同じ部屋で共通のテーマのセッションが続くが,レギュラーセッションでは多種多様で,セッションのたびに会場を移動することになる.以下では,その中から専門性は高くないが高等教育機関だけでなく社会的なインパクトが大きいセッションを紹介する.

 社会派セッション・ホワイトハウス報告

GDCでは昨年に福島ゲームジャム報告を採用したように(CEDEC2014での事後報告報道),ゲーム開発者の社会参加に関する発表が毎年入っている.
 今年の社会派セッションの目玉は,「A View from the White House: Games Beyond Entertainment」(ホワイトハウスに入ってみた)だ.米国オバマ政権のゲーム開発の活用は目覚ましいものがあり,特に大物開発者がホワイトハウスのシニアアドバイザーに就任したことは本ブログでも報告した(「オバマ政権を支えるゲーム専門家」).そのゲーム開発者あがりの大統領アドバイザーによる報告である.
 彼の仕事の中でも印象的だったのは,昨年2014年にホワイトハウスにトップスタジオとトップスクールの開発者を招いて行われたWhite House Education Game Jamだ. トップスタジオのエース級の開発者を収益の低い教育用ゲームや社外向け活動に参加させるのは企業経営にとっては損失になる.そのために,トップスタジオほどシリアスゲームの開発経験や子供のテストプレイにつきあった経験が浅く,教育用ゲームの担い手はインディーや大学が多かった.
だが48時間のホワイトハウスゲームジャムではこれまで以上の開発者が参加できることが実証された.
 

アカデミック系ラウンドテーブル

セッションの中でも,講演形式ではなくラウンドテーブル形式で行われるものは,スライドもなく話題が次々に変わるために英語力がないと厳しい.だが,自分の専門の内容であればぜひ挑戦してほしい.またカンファレンスパスを持っていなくても安価な展示パスで参加できるものが多い.
アカデミック系ラウンドテーブルには,ゲームAIサウンドデザイン,あるいはGlobal Game Jamの会場運営者ラウンドテーブルといった専門ごとのラウンドテーブルがある.
 今回のGDC2015では,IGDAのゲーム教育専門部会による「IGDA Game Education SIG Roundtable」に注目している. これはIGDA Curriculum Frameworkがリデザインに向けて新しいサイクルに入ったことをうけて開催されるもので,まずゲーム開発者が社会で活躍できるためにもつべきスキルの調査と分析がはじまっている.日本国内でも現役ゲーム開発者を呼ぶ学校は多いが,その多くは学生向けの講演だけで,複数年カリキュラムの設計に口を出せる例は極めて少ない.展示パスでも参加できるので,ぜひ現役開発者の声を聞きたい.
(IGDA日本も国内の教育担当者からアドバイザーとして呼ばれることがあるため,アカデミックSIGからも参加します.)

参加したあとは情報交換

GDCはあまりに多くのセッションがあるため,誰もその全貌を把握できない.そこで参加者同士の情報交換も重要となる. IGDA日本では,最終日に現地参加者交流会を開くほか,3月21日(土)にスクエニ本社でGDC2015報告会を開催する.(NVIDIAのGTC 2015にフル参加される方には厳しい日程になってしまったが,年度末の難しい時期のためご理解いただきたい.)
 また,IGDA日本のSIG(専門部会)独自の報告会も予定されている(本アカデミックSIGでは3月4月は学校関係者が多忙のため,SIG報告会は開催しません).さらに,過去には現地で知り合った学生有志により学生報告会も行われている.これらはGDCに行っていない人でも参加できる.

追記: 国内の学生も登壇


 学生といえば,GDC会場で行われるインディーゲーム開発者の祭典 Independent Games Festival (IGF) の学生部門で,東京藝術大学 (Tokyo University of the Arts)のOjiro Fumoto氏によるDownwell ファイナリストに選出された
 IGF学生部門については過去に受賞者インタビューが国内でも報道されている(小野憲史「第7回インディペンデント・ゲーム・フェスティバル学生部門で最優秀賞を獲得したクリエイターとは? リチャード フラナガンさんインタビュー」)が,よい教育機関で学んでいることがうかがえる.これまで日本在住者が関わった多くのゲームがIGFにエントリーしたが,ファイナリストに選ばれるのは至難の技だった.とくに学生部門では,筆者が知る限り前例がない.それだけに,ゲーム専攻のない芸大の学生が選考を勝ち抜いたのは快挙である.
本記事ではGDCを交流と学びの場として紹介してきたが,このIGFや最終日の Game Career Seminar は学生が社会人とともに作品の評価をうける場所でもある.

まとめ

  今年のGDC15は,アカデミック系でも教育面と研究面で興味深いセッションが予定されている.ゲーム教育のさらなる高度化という観点から見ると,全米組織の設立やIGDAカリキュラムフレームワークの改訂など,ゲーム教育の新たなサイクルのはじまりを告げている.
 教育以外のゲーム研究方面では,国際学会のようにゲームの最先端を競う研究成果が発表されるわけではないが,ゲーム社会学などでこれまでにない発表もみられる.またラウンドテーブルのような場も興味深い.これだけの多種多様な研究者と研究成果が一度に集まる場としてGDCは貴重だ.

 GDC公式サイトではすべてのセッションが検索できる.直前になって日時がかわったりするので,ぜひチェックしてほしい.2月25日(水) 米国西海岸時間23:59までにオンライン参加登録すると事前割引がある(CEDEC参加者やIGDA日本メンバーには割引情報も告知されている).

アカデミックブログ主筆 山根

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