新世代のゲーム研究: ゲームサウンド編
2010年代前半のゲーム研究でもっとも成長したのはどの領域だろうか.数年前には学問として成立していなかったのに,いまでは数多くの研究論文が生み出される分野もある.その代表として,ゲームサウンド研究をあげることができる.当ブログで2014年の研究シーンを振り返る「2014年アカデミックレビュー: 新世代のゲーム研究(前編)」を書いた時に,後編ではゲームデザインの「ナラティブ」,そしてゲーム音楽の「ダイジェティック」をとりあげると予告していた.このうちナラティブについては昨年に起こった用語の輸入が国内に混乱をもたらしたため,独立して「ゲームナラティブ教育の過去・現在・未来」として,ナラティブはバズワードではなく体系的なゲーム開発者教育の中核(必修科目)に位置づけられること,数年前から世界各地の学生がナラティブ分析を競ってきたことを紹介した.本稿では,残りのダイジェティックについてゲームサウンド研究の成長とともに考えてみたい.
ゲームサウンド研究の発展
国際的なゲーム研究の論文誌Game Studiesには,研究論文だけでなく研究書のレビューも掲載されている.このレビュー欄で,はじめてのゲームサウンド研究のレビュー記事「Sound in a Participatory Culture」が2014年に掲載された.この記事の冒頭で,ノルウェーの若手研究者Kristine Jørgensenは,10年前の2004年にゲームサウンドの研究をはじめた時には先行研究は存在しなかったと振り返っている.(たしかに東京大学で開かれたDiGRA 2007 Tokyoでも,ゲームサウンドを論じた彼女の発表をどのセッションに割り振るかをプログラム委員が悩んでいた記憶がある.だがその後のDiGRA世界大会やAudio Mostly会議ではゲームサウンドは独自の研究集団を形成するようになった.)10年間でゲームサウンド研究は大きく成長した.このレビュー記事ではKaren Collinsの書籍がとりあげられているが,彼女は書籍の単独執筆だけでなく論集の編纂などを通じてゲームサウンド分野の理論と研究コミュニティの組織化に大きく関わっている.JørgensenとCollinsに共通しているのは,10年前の大学院生の時点で指導者のいないゲームサウンドを研究テーマに選び,個人の研究歴と研究領域の歴史が重なっているところだ.
ゲームサウンド研究の拡大
もちろん,ゲームサウンドの研究者(大学院生や若手研究員)がいるだけでは,その研究が社会に影響を与えているとは言えない.この数年間で,主に大学でゲームサウンド研究を学んだ学生が社会で活躍することで,ゲームサウンド研究の分析の道具は論文誌や研究書以外にも影響力を持つようになっている.これは日本では起こらなかった現象で,たとえばhally氏は「ダイジェティック/ノンダイジェティック」といった分析尺度を活用した研究が量産されていることに触れて,「理論武装の面で日本のゲーム音楽研究は完全に周回遅れ」と指摘している.では,欧米ではどうやってゲームサウンド研究は広まっていったのだろうか.これは,博士課程の学生がゲーム開発系のウェブサイトに解説記事を書いたことが大きかった.特に2008年1月のGamasutra特集記事「IEZA: A Framework For Game Audio」は「ダイジェティック/ノンダイジェティック」分析をわかりやすいフレームワークとしてひろく認知させた.
このフレームワークはわかりやすかった.なにしろ研究書ではまずダイジェティックとは何かという話からはじめて,古代ギリシャ哲学のディエゲーシスの概念にまでさかのぼって説明しており,ゲームの話になるまでが長すぎた.(たとえば2010年の研究書『Game Sound Technology and Player Interaction: Concepts and Developments』ではキーワードを並べた索引(Index)を無料公開しているのだが,ダイジェティック(diegetic)だけでなくdiegesisやdiégèseまでキーワードとして何度も出てくる.)
北欧やオランダのゲーム研究者が古代ギリシャを語るのは,古典教養をひけらかしているわけではない.博士レベルの研究書では誰がコンセプトを発明したのというクレジットを明確に書くよう訓練されているためだ.特に20世紀ヨーロッパでディエゲーシス概念は文学史文学理論,映画論など幅広い分野で使われてきたので,誰のやり方で使っているのかを確定しないと混乱を招きかねない.それに対してフレームワークではそうしたことは簡略化されたことでうけ入れやすくなっておりWikipediaの項目も立っている.) こうして2008年以降,ゲームサウンド研究はコンセプトや理論の段階から評価フレームワークや比較尺度へと落とし込まれ,開発者向けのメディアも研究応用に強い関心を示すようになった.
まとめ
ゲームサウンド研究は,高名な大学教授が切り開いたものではなく,無名の大学院生がてさぐりで理論化やネットワーキングをすすめてきた.そのためになかなか広がりを見せなかったのだが,Gamesutraが博士人材による入門記事を特集したりして,多くの人が使えるフレームワークとして草の根でひろまっていった.ゲーム研究はこうした新世代の若手研究者たちの挑戦と開発者との共有によってなりたっている.
本記事公開後まもなく,まつながさんより詳しい解説をいただきました.
返信削除http://9bit.99ing.net/Entry/59/
本記事では概念がフレームワークとして整理されたことを強調しましたが,そこにいたるまでの背景には文学論や映画論で蓄積されてきた西洋哲学の議論があったことが示されている,大きな背景をとても簡潔にまとめています.