日本は多くのゲーム関連の書籍が出版されてきましたが.大学レベルのゲーム研究の教科書がありませんでした.ここでは世界のゲーム研究を「教科書の確立」という視点から概括してみます.
- 教科書ができる以前の時代 : 2004年以前
- 用語集,ハンドブックの成立 : --2005年
- 研究書から教科書へ : 2005年以降
- そして改訂へ... 2008年--
教科書ができるまで : 2004年以前
ゲーム研究の教科書がまとまる以前の時代は,各分野の研究でゲームを取り上げたものを横断しながらゲームについての考え方を訓練していました.
たとえば国際学会DiGRAの文献リストがよく使われていました.
- 「コンピュータゲーム研究の出発点: コンピュータゲーム研究に着手しようとする学生の間に広がる誤解」(DiGRA, 2004), 星野訳
(追記: IGDA日本のサイト移転に伴い現在はInternetArchiveでのみ読めます。「コンピュータゲーム研究の出発点」「コンピュータゲーム研究入門 (Computer Game Research 101)」)
- The New Media Reader (MIT Press, 2003)
- The Game Design Reader: A Rules of Play Anthology (MIT Press, 2005)
用語集,ハンドブックの成立 : --2005年
ゲームについて論じた従来の文献を読むだけでは,まだゲーム研究とは言えません.まず,用語や方法論がそれぞればらばらなので,それらを整理した用語集や道具箱をつくる必要があります.オンラインで読める用語集としては,以下のものがあります.- Dictionary of Video Game Theory (Jesper Juul)
http://www.half-real.net/dictionary/
- ゲーム批評用語小辞典 (井上明人)
http://www.critiqueofgames.net/data/term.html
- Handbook of Computer Game Studies (MIT Press, 2005)
研究書から教科書へ : 2005年以降
ハンドブックや辞典,そして分厚い研究書とちがって,学生が一定期間で最初から最後まで読み進めるような教育的配慮をもって書かれているのが教科書です.たとえばゲームデザインの分野で言えば,デジタルゲーム以外のゲームも扱ったゲームデザインの分厚い研究書Rules of Playが出版されたあと,同じように系統的なアプローチをとりながら対象をデジタルゲームに絞った個性的な教科書の出版が続きました.さらにゲームデザインだけでなくデジタルゲーム文化全般を扱う教科書としては,DiGRA初代会長のFrans Mayraの教科書があります.
- Frans Mayra, An Introduction to Game Studies (SAGE Pub., 2008)
http://gamestudiesbook.net/
この本でも触れられていますが,ゲームの教科書の中でも特にゲーム概論(introduction)の教科書には特別な工夫が必要です.この工夫にもいろいろあるのですが,私の個人的な観点では,大学で使うゲーム概論の教科書には以下の条件が必要でしょう.
- 入門書でありながら発展性があること
それまでに学んだ基礎的なスキルを使って学習することができ,さらに
詳しく進みたい場合には専門情報の入手先も示している.
- 教育カリキュラムに組み込めること
1学期または2学期で終わる科目の中で,導入から学んだことを応用するまでのプロセスが構成されている. 受講にはどのようなスキルが必要で,受講するとどのようなスキルが身につくかが定義されている.
- 体系的であること
これまで各職種ごとの専門書はありましたが,教科書にはそれらをゲーム研究として総合するという体系的な 視点が必要です.
(たとえば,ゲームデザイン教本,ゲームシナリオ教本,プロデューサー教本,ゲームプログラマに必要なスキル集,ゲームCGに必要な数学,サウンドトラック,ゲーム評論,ゲーム産業論,さらには二次創作物研究... これらの専門領域はいずれもゲーム研究を構成する要素ですが,それらがゲーム学(ゲーム研究)の中でどんな位置を占めるのかを知るためには体系が必要です.また体系が整備されていれば,それぞれの分野で重複した内容を学ぶのを避けられるし,教師一人一人はすべての分野を教える必要がない.
そして改訂へ... 2008年--
教科書が完成して学問が完成するわけではありません.世界各地の大学でゲーム関連科目が充実するとともに,教科書の見直しも進められ,個別の専門分野では教科書の改訂版が出はじめました.
- Ian Millington and John Funge. Artificial Intelligence for Games (Second Edition). Morgan Kaufmann, August 2009.
- Heather Maxwell Chandler. The Game Production Handbook, Second Edition. 2008.
まとめ
以上,ゲーム研究の文献リストから教科書,そしてカリキュラムの例を駆け足で紹介しました.大学の授業で使えるような適量のゲーム研究の「教科書」が出版されるようになったのは最近のことです.
今後,「教科書」が整備されるにつれて,ゲーム研究者は,どれだけゲームをプレイしたかという経験やどんなゲーム開発の現場を見たかという経験だけではなく,どんな教科書で学んだか,どんな研究に影響を受けたかという経験も大きく影響してくるでしょう.
本記事で紹介した「分厚い研究書」、ルールズ・オブ・プレイ(Rules of Play)が日本語に翻訳されて出版されることが決まりました。
返信削除『ルールズ・オブ・プレイ——ゲームデザインの基礎』2011年1月28日発売予定
http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/20110104
本記事でも書いたように、この本が出てから、大学レベルでの系統的な教科書の出版が進んだという強い影響力を持った本です。またこの本を土台にしたゲーム研究も数多く、この基礎文献が翻訳されたことで世界のゲーム開発者・研究者との距離が確実に近くなったと言えます。