新たな動向: 存在意義を発信する教育機関
ブログ主筆の山根です.前回の前編記事では、2000年代にデジタルゲームが学問の対象となり、一部の先進校だけでなく国際学会をあげて整備されてきた歩みを紹介しました.こうしてゲームが人生をかけて学ぶに値する学問になって、ゲーム開発者教育はこの先どこに向かうのでしょうか.まず考えられるのは、本ブログでもたびたび紹介してきたように、各国でゲーム研究を看板にした大学・大学院の競争が活発になる.この競争にもいろいろな評価基準があり、どれだけ人材育成予算を獲得したか(たとえば2019年2月、イギリスでは新たに60人のゲームAIの博士課程の大学院生を雇用すると発表した)、どれだけ大きな研究拠点を作ったか(フィンランドでは公立のCoE (The Centre of Excellence in Game Culture Studies)を設置した)、そして調査会社がつくったランキングの順位を競う競争(昨年の本ブログ記事でも紹介)もある.しかし、こうした競争だけでは学問の発展は説明できません.競争する一方で、ゲーム教育機関は国境を超えて同じ目標を掲げて足並みをそろえています.2019年は学問としてのゲーム教育機関がその存在意義を発信し、評価を受ける年になると考えています.この後編の記事では.今年2019年に開催されるイベントから新たな取り組みを展望します.
GDC19(3月)教育分野プレビュー
3月のGDC19では、ゲーム研究を立ち上げた研究者が新たな機軸を打ち出している.GDC19初日の最初のセッション「ゲーム教育プログラムを複数たちあげた教訓(Lessons from Developing >1 Game Program)」は、アメリカ、カナダ、ヨーロッパのトップスクールでゲーム教育プログラムを立ち上げた3人が話す.(日本がないと思われるかもしれないが、3人とも、東京大学での講演、MIT出版から日本のゲーム通史を出版、日本でのポスドク勤務をするなど異なる来日経験がある.)彼らは通常、自分が勤務する大学以外のことは話さないが、この場は国際的な高等教育シーンを知ることができる.
続いて「高等教育におけるゲーム教育課程の採点および評定について(Grading and Assessment in Higher Ed Games Programs)」(IGDA日本による概要日本語訳)では、カナダ連邦のゲーム研究開発のトップ職(Chair)をつとめる教授と、HEVGA(全米ビデオゲーム教育機関連合) の会長をつとめる教授を含むセッションである.ゲーム教育を立ち上げるだけでなく、教育課程を誰がどう評価しているのかが問われることになるだろう.
過去に筆者も、調査会社が大学・大学院ランキングを発表すること(そして、その評価項目に重点的に投資する新興国が出現したこと)に対する問題意識について言及したが、学術成果を競いあい、研究者に号令をかけているトップによる知見が注目される.
そしてこの学術界トップらが登壇するもう一つのセッション、「現代においてどのようにゲームを語るべきか(How to Talk About Games, Today)」は、昨年WHOで制度化に向けて動き出したゲーム障害についての学術界の応答も予定されている(HEVGAはすでに声明発表済み).この制度化の動きは東アジアのゲーム依存症研究者が関わっているが、すでに国を超えた国際機関が取り組む問題に発展している.この動きに対する学術界と産業界の初のセッションとなる.
もちろんGDCでゲーム教育について語るのは組織の長だけでない.GDCでは現場の大学教員によるセッション「ゲームジャム、クラブ、イベントその他:ゲームを学ぶ学生に対する教育機関側のサポートの全容(Jams, Clubs, Shows and More: An Overview of Institutional Support for Game Students)」も注目される(IGDA日本による概要日本語訳).発表するのは、昨年出版された『ビデオゲームの美学』(松永 伸司 著)でも論文が引用されている現役のゲーム研究者だ.これまでゲームプレイの美学や定義のような理論研究で影響を与えてきた研究者が、ゲームを学ぶ学生をどうやってサポートするのかという教育実践を語ることの意味は大きい.しかも、例にあがっているのは彼が大学に就職した後に登場したゲームジャムやeスポーツのムーブメントを通じた学生支援である.
FDG19(8月)での動向
2019年をゲーム教育にとって特別な年にしているのは、GDC19のセッションだけではない.3月のゲーム開発者会議GDCに続いて、8月のデジタルゲームの基盤に関する国際会議「FDG」でもこれまでにないゲーム教育のセッションが計画されている.FDGについては過去に本ブログでも参加記事を書いたが、大きな参加者を集めるよりも専門ごとの深い議論を重視してきた会議である.そして今年のFDG19では、ゲームの高度専門家教育について、以下の場が設けられている.
(1) Workshop on Tenure & Promotion Practices in Games & Interactive Media (ゲーム専攻・メディア専攻での教員雇用と広報実践)
GDCでも存在感を高めつつあるHEVGAが主催するワークショップ.国際学会内のワークショップだが、研究について議論する場ではない.発表募集によれば、ゲーム教育の学部長、学科長、ディレクターらの参加を呼びかけている.いままでに「ゲーム業界から大学教員になろう」というセッションはGDC18で開催されたことがあるが、組織のリーダーが議論する企画はなかった.特色ある組織のリーダーの発表が期待される.(2) FDG Game Educators’ Symposium (GESym) (ゲーム教育者シンポジウム)
こちらも、カリキュラム開発や学生のサポートについて議論するというシンポジウム企画で、デジタルゲームの国際学会が単なる研究発表の場というだけでなく、どうすれば次代を担う学生が最大限に学ぶことができるのかを問う場になっていることが実感できる.おわりに
本記事では、2019年の国際的なゲーム研究機関の新たな動向をとりあげた.ゲームを学問としてたちあげる段階からさらに進んで、入学から卒業までどうやって学生の学びを促進していくか、教室内の学びだけでなくゲームジャムやeスポーツといった課外活動、地域の産学連携からWHOのような世界への貢献まで、幅の広い議題が用意されています.この世界的な動向の中で、日本のゲーム研究シーンも「世界のゲーム研究シーンの空白地帯」や「留学生の受け皿」にとどまることなく、独自の存在感を示すことが問われるでしょう.そのためには、単なる研究室単位の学びから、教育プログラムのディレクターが組織の長として発信する取り組みや、組織自体の評価を示す取り組みが問われることになりそうです.
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