2013年6月23日日曜日

国際学会 FDG2013 参加報告 (上)

この5月にゲーム研究の国際会議のひとつである「Foundation of Digital Games」(以下,FDG)に参加してきた.ゲーム産学連携の上で大きな役割を果たしてた同会議の歴史をひもときながら,ゲーム研究の国際会議について紹介したい.

はじめに: 国際会議の目的

学校ごとにそれぞれ異なる目標があるように,学会にはそれぞれ独自の目標があり,ひとつの学会ですべての目標を実現することはできない.たとえば巨大な会議場に数千人・数万人規模の参加者を集める巨大な大会もあれば,100人程度が一つの建物で議論する会議もある.投稿された論文を出版することで成功したと言える学会もあれば,論文にまとまる前の現在進行中の最新動向を集めることを目指す学会もある.産学連携に熱心な学会もあれば、あえて産業化に向かわない学会もある。 今回報告するFDGは,デジタルゲームにおける産学の連携をテーマにしてはじまったという点でユニークな国際会議である.



知られざる学術会議の歩みと産学連携

20世紀からゲーム産業は大学の力を借りずに自力で開発してきたた成功体験がある。このため産業界と大学との間での人材交流は他の業界に比べても少ない.その結果、大学などの研究機関で働いている研究者はゲーム開発者がいまどんな研究を必要としているのかわからず,以前に紹介したように一流の研究者が未来のテクノロジーをゲーム開発者の前で発表しても関心を持たれないミスマッチ状況が続いていた(一部は現在でも残っている).

 このような背景のもと,別々に発展してきた全米のゲーム研究とゲーム産業をつなぐ場をつくる動きが出てきた.このブログの本家のIGDAが開いたEducation Summitもその一つだが、より学術的に大きなインパクトがあったのが、2006年から2008年まで開かれた学術会議GDCSE(Microsoft Academic Days on Game Development in Computer Science Education)だ.これはImagineCupと同じくMicrosoftの冠イベントだったが,やがてEAもスポンサーに加わり,会議名もFDGに変更されて現在に至っている.

今回FDG参加報告をするまえに、まず2006年にさかのぼって、前身であるGDCSEが全米のゲーム産業と研究者コミュニティをどのように変えたのかを紹介したい。第1回GDCSEに先立って,Microsoftは2005年から研究開発組織のMicrosoft Research(大学の科学者との交流を進めてきた組織)にGame部門を設置し,積極的に大学との交流活動をはじめている.そのため,GDCSEには研究者コミュニティを引きつけるような工夫がこらされていた.

外界から切り離された会場

当時のウェブサイトを見ると,豪華客船の写真がでてくる.じつはGDCSE(2006-2008)とFDG(2009)はディズニーが所有する豪華客船の船上で行われ、乗船した参加者はカリブ海をクルージングしながら船内のシアターで学会に参加するというエクストリームな設定になっていた.

(「極上のクルーズ紀行 ディズニー・ファンタジー号(前)」(2012)予告編)


(「「世界の船旅」第109話 予告編」(2013).なお「世界の船旅」第109話は2013年09月10日までネット公開中.)

このロケーションは単なる遊びではなく,いくつかのメリットがある.まず,歴史のない学会でも産官学の大物に注目してもらうことができる.こうした会議では大物は忙しくて自分の発表が終わるとすぐに帰ってしまうものだが,この会議では途中で下船できないので大物を最終日まで逃さずにじっくりと議論ができる. そして夜にはディズニーの本物のアトラクションで参加者相互の交流が促進される.
 Pirate night! (IMG_9059)
 (カリブ海クルーズでディズニー流に絆を深める大物ゲーム研究者たち.Flickrより)

 FDG2010からは会場を固定せずに世界各地の会場で開催されているが,それでも外界から離れた場所で200人弱の参加者がじっくりと議論するという会議の方針は変わっていない.

企業スポンサーとプログラム委員会

Microsoftの冠イベントだったGDCSE当時から,会議のプログラムは独立したプログラム委員会によって決定されている(スポンサー提供イベントとしては、たとえばFDG2009では本体のプログラムとは別に出港前ワークショップとしてXNA Game Studio講座が用意されていた).このプログラム委員会には、すでに『America's Army』の開発を成功させ南カリフォルニア大学に転じたマイケル・ザイダ教授をはじめ,(ゲーム研究ではアメリカよりも先んじていた)デンマークやカナダの研究者も加わり,ゲーム研究で成果を残した各分野の国際オールスター体制になっている.これだけでもすごい。

このプログラム委員会は,他の学会ではあまり見られない野心的な企画を打ち出してきた.たとえばFDG2009では,パネルディスカッションとして「大学でゲーム専攻を設置して運用するまで(Creating and Managing an Academic Games Program)」というテーマで,上記マイケル・ザイダたちが自らの成功事例や課題を発表している.他にも「ゲーム関連研究への予算配分状況(Funding Landscape for Games-Related Research)」として,全米科学財団(NSF)や米軍の担当者を呼んで講演とディスカッションをやっている.日本でいえば霞ヶ関の役人が予算配分について講演するようなもので、営利企業ではできない研究機関でのハイリスクの研究にどうやって投資するのかというテーマは大学研究者のみならず企業の経営者にとっても興味深いテーマだ。さらに
予算配分の担当者を招くことで、産学の情報を直接インプットすることもできる。(余談だが本ブログで科研費の解説を書いたのはこのシンポジウムに影響を受けている.)

巨大学会のインフラ利用

学会はたんに発表場所を提供するだけでなく、新しい知識を後世に伝えなければならない。CEDEC2010キーノートスピーカーの石井裕は雑誌連載の中で「新しいアイデアを記録として確実に残し、世界の誰もがそれを参照できるようにすること、つまり人類共有の知の財産を築き上げることが、研究者にとって非常に重要なのだ。」と述べている.ゲーム研究においても,ただ研究成果を発表するだけではなく,グローバルな知識データーベースに追加されることが研究者にとって重要である(したがって誰も入手できないような論文誌に投稿しても意味がない).
学術会議GDCSEの場合は、採択された論文をウェブで公開するとともに,優秀な論文を学術誌Journal of Game Developmentに掲載することで優れた研究を世界に発信する計画を立てていた.しかし商業的な判断でJournal of Game Development誌が休刊となったことで,出版戦略を立て直す必要が生じた.そこで,世界最大のコンピュータ学会である「ACM」と契約し,そのデジタルライブラリに論文集を登録することになった。これにより、GDCSE08および FDG09以降の論文はACMのウェブサイトから論文1本単位で購入でき,またACMと契約している研究機関では自由に読めるようになった.
 こうして巨大学会のデジタルライブラリに登録されたことで,GDCSEそしてFDGでの発表論文はさまざまな処理が可能になった.たとえばGoogle Scholerのような論文検索エンジンで検索できるようになり,また論文集一覧から「Affiliation」を選ぶと発表者の所属機関の発表数ランキングが表示され,所属機関の中から企業や軍の研究機関をフィルタリングして表示することもできる.
また個々の論文にも様々なメタデータが付与される.たとえばFDG10ではじめて発表された「FoldIt」(のちにACMの最優秀博士論文賞を受賞した)をデジタルライブラリで見てみよう.「The challenge of designing scientific discovery games」というのがその論文だが,このページには「Bibliometrics」の欄でACMデジタルライブラリ内でのダウンロード数や引用された回数が表示される.そしてページの下には共著者一人一人の論文ランキング,参考文献へのリンク,そして被引用リンクまで自動的に作られ,この論文を引用してどのような研究が生まれたのかを簡単につかむことができる.

FDG2013のプログラムから

2013年のFDGは,FDG2013として5月にギリシャのクレタ島のカニア(ハニアとも呼ばれる)の遺跡で開催された.「200人以下の専門家が隔絶された場所に集まる」という伝統は今回も変わっていない.スポンサーはマイクロソフト,マイクロソフトゲームスタジオ,そしてUnity.EAが抜けてUnityが加わったような形だ。
 IMG_9690
基調講演はKenneth O. Stanley.いまでは研究者が自らゲームを開発する,教育者が教材をゲーム化することは珍しくないが,Stanleyはその先駆者で、大学の人工知能の授業で開発してフリーで公開したゲーム「NERO(Neuro-Evolving Robotic Operatives)」がIndependent Games Festivalで受賞した.これは当時の日本でも「AI対AI: Linux上のN.E.R.O.」「NEROゲームがバージョン2.0への進化を達成」と紹介されている. さらにStanleyは大学で人工知能・人工生命を教える研究者とインディゲーム開発者という両方で成功し,最新作は「進化する兵器」というコンセプトのゲーム Galactic Arms Race で、Indie Game Challengeのファイナリストに選ばれ,さらにその論文が学会賞も受賞している.(IGDA日本の三宅さんも日本語で解説している: 「Galactic Arms Race におけるパーティクル自動生成」。)

プログラムの説明はこの程度にして、次回の記事では,FDG2013初日からの様子を報告したい.なお日本関係のゲーム研究としては,ゲームデザイン部門の優秀論文の一つとしてファミ通レビューなど日本の独特なゲーム文化を自然言語処理の手法で解析した論文が選ばれている.

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