不安にこたえる専門家団体
昨年にWHOがゲーミング障害を収載したことが報道され,診断が実施される前から「外出禁止中にゲームのやりすぎでゲーミング障害になるかもしれない」という不安を抱く機会が増えている.この不安に対して,どのようにプレイすればいいのかアドバイスすることが専門家に求められる. そこで北米の団体がいちはやく情報発信をはじめている.まず3月中旬にカナダ連邦のゲーム業界団体「ESA Canada」(日本のCESAに相当する)が,すべての親子がいっしょにビデオゲームをしようというメッセージを発信した.その後,WHOアンバサダーと北米のゲーム企業が「#PlayApartTogether」キャンペーンを実施,さらにWHOは5月にも体を動かすビデオゲームをしよう(#BeActive and stay #HealthyAtHome )キャンペーンを実施した.これらの組織キャンペーンでは,単にゲームのプレイ時間の量を制限するのではなく,プレイの内容(親子で遊ぶ,離れて遊ぶ,身体を動かす)を具体的に紹介しているのでわかりやすい.このようにゲームの遊び方を具体的に説明しているのは,ゲームの効果に関するリサーチをふまえていると考えられる.WHOが素早く対応した背景としては(1月に解説したように)実際はWHOはゲームの医療応用に取り組んでおり,むしろゲーミング障害はWHOのゲームへの取り組みの中でもっとも学術的知見が手薄な部分であり,こうしたゲーム活用こそ本来のWHOの本流の活動だとも言える.また,ESAのようなゲーム企業の業界団体だけでなく,民間の非営利団体もゲームに関する活発なオンライン活動をはじめた.この先駆けになったのは,Global Game Jam 2020の基調講演(日本語字幕あり)の先頭を切った非営利法人「Take This!」だろう.2020年1月のこの動画では心理学博士がゲームジャムを健康に過ごす方法について教えてくれる.
この「Take This!」は,以前からゲームスタジオやゲーマーコミュニティにでかけてメンタルヘルス講習会を実施してきた.そしてパンデミックがはじまってからは,いろいろな団体と協力しながらオンライン活動を推進している. たとえば5月にはXBoxをスポンサーに獲得して,IGDAと共同でGame Development Crisis ConferenceをTwitch上で開催,さらに他のゲーム関連非営利団体と合同でStay in the Game Relief Fund共同募金キャンペーンを展開するなど,オンライン配信の規模を拡大している.このように,パンデミックの期間中,企業と比べて身軽な非営利団体が活発にオンライン配信を行い,ゲームで健康に生活するというメッセージを発信しはじめている.ゲームを医療活動に活用したり,eスポーツ選手のケアをしている専門家は日本にもいるが,個々の専門家が連携協力している北米の取り組みは参考になるだろう.
だが,ここまでのアピールは,ゲームのポジティブな効用を活用するきっかけになるが,ゲーミング障害にならないためのアドバイスをしているわけではない.各家庭の保護者にとっては,外出禁止の期間中にゲームのやりすぎにならないかという不安は残るだろう.そうした不安にこたえるために,研究者による一般向け情報発信を次に紹介しよう.
疑問に答えるゲーム専門家
研究機関に所属するゲーム研究者は,論文が主な発表手段で,メディアにはあまり登場しない.だがパンデミックによる不安にこたえようと専門家の著述活動が増えている.4月前半には英語ニュースサイト「The Conversation」がいちはやく専門家によるパンデミック下のゲーム活用法を掲載した.このニュースサイトは「執筆者を学者や研究者に限定し,わかりやすく編集し,タイムリーに発信する」新興メディアで,以前の解説記事でも紹介したHEVGAの会長であるAndy Phelpsが寄稿している.彼はHEVGAの役員とも相談して『どうぶつの森』からTwitch,健康の手引きまで網羅したパンデミック下のゲームの遊び方をまとめ「Gaming fosters social connection at a time of physical distance」(April 14, 2020)として掲載された.なお編集される前の原稿「Games in the Era of Social (Physical) Distancing and Global Pandemic」(Apr 14)も自身で公開している.
Phelpsはさらに5月には職場同僚と共著で「Online plagues, protein folding and spotting fake news: what games can teach us during the coronavirus pandemic」を掲載し,FoldItプロジェクトなどのゲームの力をワクチン開発に使う取り組みも紹介している.ゲームについては子供の方がよく知っているという親世代も,これらの記事を読めば子供に幅広いゲームの可能性について教えられるだろう.
新興メディアだけでなく,大手メディアにも研究者が登場している.その先駆けとして心理学者のChris Fergusonをあげることができる.「Video Games and Gaming Culture (2016) に再録された論文90本にも収録されているゲームの心理学のリーダーだが,ゲーミング障害のICD--11への収載についても公開反対声明(2017),全米心理学会の部会声明(2018)を発表して反対の論陣を張ってきた.彼は過去にもTIME誌にParents, Calm Down About Infant Screen Time(「保護者は幼児の視聴時間について焦らないで」)を寄稿しているが,パンデミックの4月下旬にもTIME誌にもインタビューが掲載された.この記事では書き手に対して「何をやっているかチェックしている限り,ビデオゲームにこれ以上はダメだという時間制限基準はありません.とりわけいまは,ゲーム以外にすることがないでしょうから」と述べ,ゲーミング障害への不安と育児との板挟みになっている保護者へ「後ろめたく思うことはありません(Nothing to Feel Guilty About)」というメッセージを送っている.
4月下旬には日本国内でも専門家がメディアに出演し,パンデミック下でゲームを禁止するのではなく,どうやってうまく使うかを解説している.『NHKあさイチ』の「外出自粛 ゲームと上手につきあうには?」(4月27日)では『キラメイジャー』の紹介に続いて精神科医,eスポーツのDetonatioN Gamingや,多数の著書論文を書いている東京大学の藤本徹さんらが出演.ここでも親がゲームの効用を理解することの重要性が語られている.
これまでマスメディアは繰り返しゲーム悪影響論を展開してきた.だが,パンデミックによる外出禁止によって,ゲームを活用する専門家の助言を発信するようになったと言えるだろう.
加熱するゲーム依存報道への警鐘: 7人中1人! 10人中3人!
WHOでゲーミング障害がICD-11に収録掲載されたことによって,ゲーミング障害に関する研究もはじまっている.ゲームによるポジティブな影響は言うまでもないが,たしかにネガティブな影響も存在するだろう.それをゲーミング障害と呼ぶとして,では他の障害(オーバートレーニング,エクササイズ依存,薬物中毒...)に比べて,どれくらい深刻なのか,どれくらいの規模にひろがっているのだろうか.そして(一部の医者が主張するように)麻薬中毒と同じ脳内現象が本当に起こっているのだろうか.こうした未着手の問題は今後の調査によって得られたデータにもとづいた議論が進められていくだろう.この際に議論の的になるのが,実際に診断を受けたゲーミング障害についてのデータと,診断を受ける前のゲーミング障害と疑われる者のデータとの関係である.これについては,今年に入ってすでに2件の指摘がおこなわれている.まず2月6日に日本の厚労省主催「ゲーム依存症対策関係者連絡会議」の公開資料をもとに,木曽崇「厚労省研究班調査:国内中高生93万人にゲーム依存の疑い?!が報道される前に」がデータの扱い方について指摘している.幸いこの記事で危惧されたセンセーショナルな報道は出なかったが,それから2週間後の2月18日にはNHK「視点・論点」「深刻化する若者のゲーム依存とその対策」でネット依存が疑われる者の推計が93万人と注釈なしに報じられた.このNHK番組についてはデータの注釈を欠いているだけでなく,データのグラフ化における省略などについても指摘が行われており,学会発表したら指摘されるはずの欠陥がマスメディアで発表されていると言わざるをえない.学会で修正される前のセンセーショナルな数字だけが一人歩きすることが危惧される.
センセーショナルな調査発表は日本だけではない.同じ2020年2月6日に「アフリカのゲーマーの30%がゲーム依存」という論文がScientific Reports誌に掲載された.(Scientific Reports誌はnature.comのサイトに掲載されるのでよくNature誌と間違えられるが,Natureの出版社による別基準のオープンアクセスジャーナルで基準は全く異なる.)だがこの論文はその後,4月17日にゲーム依存の研究者からの指摘,4月21日には別のブログでの指摘をあいついで受けて,実験内容および論文記述さらには研究予算の数々の疑惑の渦中にある.さらには著者の過去の論文データまで疑惑の目が向けられることになり,日本の研究者を含む過去の共著者が本当に実在しているのか立命館大学や総研大に問い合わせる事態にまで発展した.そしてついに4月23日にScientific Reports編集部が調査をはじめた旨が論文に追記(23 April 2020)された.
グラフやデータ処理について学術的に厳密なチェックを受けないものが堂々と発表されてしまうのは残念である.だがそうした指摘が行われているということは,世界の専門家が調査データ分析に貢献したいと考えていることを浮き彫りにしている.ゲーミング障害についての公開データにもとづく議論が待たれている.
まとめと今後の国内の課題
本記事ではここまでパンデミック下での専門家による情報発信や組織を超えた協力を見てきた. そしてこれまでは「ゲームは1日1時間」といった根拠の薄弱な一律のゲームプレイ規制が変わり,「親子で遊ぶ」「離れて遊ぶ」「身体を動かす」「生活のバランスをとって遊ぶ」「区切りのいいところまで,休憩をはさんで」「ゲーム作品によって異なる魅力を知る」「生活にゲームをとりいれる」といったプレイヤーとプレイの質に即した具体的アドバイスに移りつつある.そのためにはゲームの内容を理解したアドバイザーが必要となる.ゲームを活用して健康的な生活を送るアドバイスは,これまでは業界団体による(特定のゲーム企業に偏らない)情報発信が行われてきた.しかし本記事で見たように,非営利団体や研究者団体,個人研究者による新しいアドバイスの形態が生まれている.日本でこれまでゲームの効用の情報発信において大きな役割を負ってきたゲーム業界団体CESAも,これまでの知見と実施対策を今後も啓発していきたいという姿勢だ.多くの国内学会が情報発信のリソースを持てない中で,CESAには実態把握できていることを徹底させたいという一貫した姿勢を見ることができる. その一方で,今後は新しい事態や不安に対応できる人材も必要になるだろう.北米での取り組みに見られるように,得られた知見を理解してもらう啓発活動だけでなく,これまでの知見を動員して新たな不安に対応するには研究者人材が必要になる.そして専門家の助言を流通させるチャンネルができれば,最新のゲームタイトルも含めた国際動向も社会にひろめることができるのではないか.本記事もそうした取り組みを試みていきたい.
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